マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

iPS細胞にノーベル賞が授与されたということは

 今年のノーベル医学・生理学賞に――
 京都大学山中伸弥さんが選ばれましたね。

 受賞理由は、いわずと知れたiPS細胞(induced pluripotent stem cell)の知見です。

 最初の論文発表から6年での受賞となりました。

「異例のスピード受賞」と指摘する人も少なくありません。

     *

 誰もが、

 ――いずれは受賞する。

 と確信していたくらいに――
 iPS細胞の知見は学界に衝撃を与えました。

 それまでの医学・生物学の常識では、まさに、

 ――そんなこと、ありえないだろう?

 と思われていたことなのですから――

 とにかく衝撃的だったので、
(いずれはノーベル賞だろう)
 と、僕も思っていました。

 いえ――

 より正確には、
(「いずれはノーベル賞だろう」と思いたい)
 でした。

 どういうことか――

     *

 皆さん、「6年は異例のスピード受賞」とおっしゃるのですが――
 僕は、そうは思いません。

(むしろ、遅かったくらいじゃないか)
 と思っています。

 というのは――
 山中伸弥さんご自身が繰り返しお認めになっているように――
 iPS細胞の知見は、まだ臨床応用への確かな見通しが立っておりません。

 確かな見通しが立っていないということは――
 この先、医療現場でiPS細胞の知見に基づく治療方法が使い物にならないと判断される可能性も、まだ十分に残されている――
 ということを意味しています。

 もし、その治療方法に激烈な副作用が伴うのなら――
 たしかに使い物にはならないでしょう――かつてのロボトミー手術が、そうであったように――

 ロボトミー手術とは、重い精神障害を負った人に施されていた治療方法です。
 この方法を確立させた医師は、1949年のノーベル医学・生理学賞に輝きました。

 が――
 この治療方法には、人間性を深く傷つけるという“激烈な副作用”があったために――
 今日の医学界では全く顧みられることがありません。

 これと似たような運命をたどる可能性が、iPS細胞にも、まだ残されているのですね。
 同じ日本人としては考えたくもないリスクなのですが――

 結果は、今後十数年のうちに出ることでしょう。
 早ければ数年以内です。
 iPS細胞の知見に基づく治療方法が、この先、次々と医療現場で試されていくでしょうから――

 もし、その結果が最悪であれば、

 ――2012年のノーベル医学・生理学賞の授与は間違いであった。

 という議論が噴出します。

 現にロボトミー手術については、今日も受賞取り消しを求める声が発せられているとききます。

 たしかに、人間性を深く傷つけるような副作用が出たのでは仕方がありませんね。

 iPS細胞が同じ道をたどらないことを、切に願うばかりです。

     *

 報道によれば――
 今回のノーベル賞選考委員会は、山中伸弥さんの受賞理由を、

 ――これからの医療現場に大きく貢献しそうだからというよりは、これまでの基礎医学の常識を大きく書きかえたから――

 と説明しているようです。

 そういう意味では――
 ギリギリのタイミングでの受賞だったといえるかもしれません。
 iPS細胞の臨床応用は、今まさに本格化するところのようなので――

 もしも受賞が遅れ、かつ、iPS細胞の臨床応用に暗雲が立ち込め始めでもしたら――
 山中伸弥さんのノーベル賞の受賞は永遠になかったことでしょう――
 iPS細胞の知見が学界に衝撃を与えたという事実は、決して動かないにもかかわらず――

 それは、ある意味では、歴史の隠蔽です。

 ロボトミー手術の悲しい歴史は――
 ノーベル賞の受賞という記録によって、少なくとも隠蔽からは免れました。

 iPS細胞についても、後世、同じ評価が下されるかもしれません。
 もちろん、それもまた悲しい歴史であることに変わりはありませんが――