マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

意味が曖昧な英文は、意味が曖昧な和文に

 大学生の頃に、

 ――曖昧な言説には、その曖昧性にこそ意味がある。曖昧な内容を曖昧なままに受容し、活用する感性も重要だ。

 との講義を受け――
 いたく感銘したのを覚えております。

 もう少し具体的にいえば、

 ――意味が曖昧な英文は、意味が曖昧な和文に訳せばよい。

 ということです。

 当然ながら――
 その英文の曖昧の程度を厳密に把握しておかなければ、同程度に曖昧な和文をあてることはできないわけで――

(それって、厳密な英文を厳密な和文に訳すよりも、きっと遥かに難しいよな~)
 と感じ入ったものです。

 要するに――
 文芸においては、

 ――ひたすらに厳密であればよい。

 とか、

 ――少しでも曖昧であってはならぬ。

 といったものではない――
 ということですね。