きのうまでの『道草日記』で――
ビジネスには利益追求型と損害抑制型との2系統があるという話を繰り返してきました。
この2系統を日頃から厳しく区別しておくことが最も活かされるのはビジネスにおける失敗への備えだ、と――
僕は考えています。
理由は――
3月21日の『道草日記』でも述べた通り――
利益追求型の失敗と損害抑制型の失敗とは様相が異なるからです。
利益追求型の失敗とは、利益を獲得し損ねることです。
よって、失敗は本質的には損害を意味しません。
これに対し、損害抑制型の失敗とは、損害を回避し損ねることです。
よって、失敗はそのものずばり損害を意味します。
これら2つの系統を混同すると、何が起きるのか――
別次元の失敗が起きます。
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例えば――
利益追求型のビジネスを損害抑制型と混同すると、どうなるか――
多くは、利益を安定的に獲得し続けるにはどうしたらよいか、という発想に傾きます。
が、それは、この世界の原理に反することです。
僕らが暮らす世界では、同じ人が利益を獲得し続けるということは、何らかの操作を世界に加えない限りは、絶対にありえません。
何らかの確率で利益を獲得し損ねることが必ず起こるのです。
それでも利益を安定的に獲得し続けるためには、この世界に操作を加える必要があります。
ここでの「操作」とは、簡単にいえば、脱法や不正のことです。
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逆に――
損害抑制型のビジネスを利益追求型と混同すると、どうなるか――
多くは、利益を過剰に獲得し続け、最終的には莫大な利益を獲得しよう、という発想に傾きます。
この発想は、簡単にいえば損害抑制型のビジネスの悪用です。
そもそも損害抑制型のビジネスとは、利益の獲得を放棄し、損害の回避だけを志向するようなビジネスです。
ところが、人は利益を獲得することなしに自身の生計を立てることは、本来、不可能なはずです。
この不可能を可能にする仕組みが、損害抑制型のビジネスには必ず備わっています。
損害抑制型のビジネスに携わる人に必要かつ十分な利益が無条件で付与されるような仕組みです。
損害抑制型のビジネスを利益追求型と混同する人は、この仕組みを悪用し、過剰な利益が自分に付与されるように図ります。
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以上をまとめると――
ビジネスにおける利益追求型と損害抑制型との混同は、脱法・不正・悪用といった反社会的行為の温床になりうる、ということです。
これら反社会的行為の実行は、ある意味、失敗の一種とみなせますが――
ふつうの意味での失敗とは明らかに異なります。
ふつうの意味での失敗とは、利益追求型のビジネスで利益を獲得し損ねることや、損害抑制型のビジネスで損害を回避し損ねることですね。
反社会的行為の実行は、これら失敗とは根本的に別次元です。
別次元の失敗を防ぐために――
僕らは、利益追求型のビジネスと損害抑制型のビジネスとを峻別する必要があるのです。