マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

恋と愛との区別がつかないうちは

 しばしば10代や20代の人たちが誤解していることの一つに、

 ――愛は感情である。

 ということがあります。

 あるいは――
 この誤解と表裏一体の誤解として、

 ――恋は意志である。

 というのもあります。

 実際には、

 ――恋は感情である。

 であり、

 ――愛は意志である。

 です。

 たしかに――
 恋の感情が強ければ――
 その恋の相手を深く愛そうとするあまり、「恋は意志である」と誤解するのは無理もありません。

 同様に――
 愛の意志が強ければ――
 それだけ強く相手に恋をしていることが多く、「愛は感情である」と誤解するのも無理はありません。

 恋も愛も、英語で表記すれば、「love」です。

 英語圏の人たちは、恋と愛とを厳密には区別していません。

 が――
 きのうの『道草日記』で述べたような、

 ――円満な失恋

 というものを成し遂げようとするならば――
 恋と愛との区別は必須なのです。

 恋は感情であり――
 愛は意志です。

 恋は感性であり――
 愛は理性(あるいは、悟性)です。

 恋は心の無意識な部分に属し――
 愛は心の意識的な部分に属しています。

 恋を意識することで――きのうの『道草日記』の言葉を用いれば、恋識(れんしき)を獲得することで――
 人は、恋を愛に変えていくことができます。

 恋が愛に変われば――
 失恋は、痛恨の挫折とはなりません。

 恋をした相手が自分を受け入れようとしないときに――
 人は、その相手を愛するがゆえに、失恋さえも円満に成し遂げようとする意志を抱くのです。

 恋と愛との区別がつかないうちは――
 円満な失恋は、適いません。