高名な学者さんが、
――自分の学説は、結局は自分が10代の頃に考えていたことに戻っていく。
といったことをおっしゃっていました。
似たようなことは――
他の学者さんたちも、しばしばおっしゃっているので――
たぶん本当のことでしょう。
10代の頃に思いつき、考えついたことを――
20代に入って本格的に学び始めて――
30代・40代に入って本格的にまとめあげていく――
そして――
そのまとめあげたことの意義が広く認められるようになれば――
学者として広く認められるようになる――
学者という職業は――
学者になる前の自分が思いつき、考えついたことを、忘れずに心に留め置いておき――
そのことに学術的な妥当性があるかどうかを、その後の自分の生涯をかけて確かめていく――
そういう職業なのだろうと思います。
*
僕の父は学者でした。
神経解剖学の学者でした。
ふと、
(オヤジは、10代の頃に、どんなことを考えていたのだろう?)
と自問することがあります。
父自身に確認をしたことはありません。
今は確認のしようがありません。
亡くなって14年が経ちます。
が――
(そういえば……)
と思い出されることがあります。
僕が小学生の頃――
父が何回か問わず語りに語ったことです。
――お父さんがみている赤色とお前がみている赤色とが、同じ色かどうかはわからない。実際には違う色を同じ「赤色」と呼んでいるだけかもしれない。それを確認する術はない。
ひょっとすると――
父は、この着想を10代の頃に抱き――
その学術的な妥当性を確かめるために――
神経解剖学者になったのかもしれない――
そう思います。