名文は果物みたいなものなのですね。
たいていの名文は、前後に文が連なっていて――
それら文が文脈を形成し――
その文脈が名文を生み出して支えているのですが――
たいていの名文は、前後の文脈から切り離されてなお――
読む者の心を強烈に揺さぶり、必要以上に突き動かすものです。
その様は――
根や茎や葉によって養われて支えられている果物が――
根や茎や葉から切り離されてもなお――
食べる者の体に圧倒的な甘味を伝え、過分量の糖分を与えることに、よく似ています。
もちろん、
――名文は、軽々しく引用するものではなく、前後の文脈を踏まえた上で、慎重に引用するべきである。
との戒告をまったく無視するのは気が引けるのですが――
かといって――
この戒告に縛られすぎるのも、どうかと思うのです。
僕らが日頃、果物を食べる時に――
その果物の根や茎や葉を思い浮かべて食べることがないように――
根や茎や葉を知らずに――あるいは、忘れて――食べても、とくに罪悪感を覚えることがないように――
僕らは、名文をもっと自由に引用したほうが――
よいのではないでしょうか。