マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

人の話を聴くのは難しい

 人の話を聴くことが難しいとは――
 しばしば指摘されることですが――

 では――
 なぜ人の話を聴くのが難しいのか――

 その理由も併せて説明されることは――
 そんなに多くはないように思います。

 なぜ人の話を聴くのは難しいのか――

 それは――
 人が人の話を聴くときには、どうしても、単に“聴く”だけにはとどまれないからです。

 人が人の話を聴くときには――
 ふつう、3つの過程を経ます。

  1) 聴く
  2) 受けとめる
  3) 働きかける

 の3つです。

 1) の“聴く”は――
 話の内容を正確に掴むということ――話をしている人が最もいいたいであろうことを的確に把握するということ――に相当します。

 適宜、質問を挟みながら、自分の聴き取った内容を確認することなども、“聴く”の一部です。

 2) の“受けとめる”は――
 話の内容を正確に掴んだ上で、話をしている人の期待どおりの反応を示してみせることに相当します。

 心のこもった相槌や、適切なタイミングでの笑いや驚き、悲しみ、苦しみなどの表出などが、“受けとめる”の好例です。

 3) の“働きかける”は――
 期待どおりの反応を示してみせた上で、話の聴き手として感じたことや考えたことを伝えていくことに相当します。

 いわゆる助言や提言、示唆・教唆などは、“働きかける”の典型例です。

 なぜ人の話を聴くのは難しいのか――

 第一には、1) の“聴く”を完遂するには、相応の知識や理解が前提となるからです。
 ただ“聴く”だけでも、実は、意外に高い知性や豊かな経験が求められるのですね。

 第二には、話をするほうは、無意識のうちに、2) の“受けとめる”を求めているのに対して、話を聴くほうは、無意識のうちに、3) の“働きかける”で応えてしまうからです。
 話をするほうと話を聴くほうとの無垢な不一致が顕現してしまうのですね――しかも、双方が無意識のうちに――

 第一の難点と第二の難点とで、どちらが、より手ごわいかといえば――
 それは、おそらく第二の難点です。

 第一の関門を難なく突破できるような優れた頭脳の持ち主でも――
 第二の関門には容易に引っかかって難渋してしまうという事例は、いくらでもあります。