マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「間違った平和」って何だ?

 ――正しい戦争よりも間違った平和を!

 というスローガンをみて――

(なるほど……!)
 と思った反面――

(「間違った平和」って何だ?)
 と――
 つい考え込みました。

 このスローガンが前提にしていることは――
 おそらくは――
 下記4つの概念の並置・独立です。

  1) 正しい戦争
  2) 間違った戦争
  3) 正しい平和
  4 )間違った平和

 これら4つのうち――
 2)が否定され、3)が肯定されるべきは当然として――
 1)や 4)はどうか――

 というのが――
 このスローガンが暗示する問題点でしょう。

 そして――
 もちろん、このスローガンの提起者は、

 ―― 1)は否定されるべきであり、4)は肯定されるべきである。

 との回答を示しています。

 ……

 ……

 僕は――
 もう少しシンプルに考えられると思っております。

 先月17日の『道草日記』で述べたように――

 僕は、「戦争」という概念とは異なり、「平和」という概念には積極的な定義がなじまないと、考えています。

 ――単なる非戦争の状態が「平和」である。

 ということです。

 この考え方に依ると、「3) 正しい平和」とは、

 ――間違った戦争をしないこと

 です。
 また、「4) 間違った平和」とは、

 ――正しい戦争をしないこと

 です。

 よって、「正しい戦争よりも、間違った平和を!」の真意は、

 ――正しい戦争よりも、正しい戦争をしないことを!

 であり――
 わかりやすくいいかえるなら、

 ――正しかろうと間違っていようと、戦争は絶対にしてはならない。

 という主張になります。

 すぐに、おわかりのように――
 とくに目新しい主張ではありません。

 よって――
 この問題点の本質は、

 ――「正しい戦争」という概念は、成り立ちうるのか。それとも、成り立ちえないのか。

 に集約されることになります。

 古くて新しい問いですね。

 ……

 ……

 ちなみに――

 僕は、この問いに対して――
 感情的には、

 ――成り立ちえない。

 と即答したいのですが――

 論理的には――
 まだ十分には詰め切れません。

 ――将来、多くの死傷者を出しうる戦争を避けるためには、いま少ない死傷者で済む戦争を仕掛けることは、正しい。

 とか、

 ――侵略に立ち向かう戦争は正しい。

 といった命題を覆すのは――
 容易ではないと考えております。