マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ハンニバル・バルカの相手役(3)

 ハンニバル大スキピオとのエピソードで最も印象的なのは――
 二人が、

 ――カルタゴ

 と、

 ――ローマ

 という紀元前2~3世紀の地中海世界の強国の国益をそれぞれに背負いながらも――
 直に会って話をしている――
 というものです。

 それも2回――

 ……

 ……

 1回目はザマの戦いの直前でした。

 ザマというのは――
 北アフリカの地名です。

 イベリア半島を制圧した大スキピオは――
 その後、シチリア島に移り、ハンニバルの母国カルタゴのあった北アフリカを窺います。

 大スキピオは――
 自ら軍を率いて北アフリカへ攻め入り――
 まずはカルタゴの同盟国を屈服させ、ときのカルタゴの政権を厭戦気分に陥れることで――
 イタリア半島に駐留していたハンニバルの軍を無力化しようと試みました。

 この試みが奏功し――
 ハンニバルイタリア半島から虚しく撤退することになります。

 この時点で――
 大スキピオは、カルタゴとの和平を心から望んでいたようです。

 それなりに寛大な和平案を提示しました。

 が――
 この和平案を――
 ときのカルタゴの政権は、はねつけます。

 どうやら、戦術の天才ハンニバルが無事に帰還したことで、がぜん強気となって――
 ローマに対し、再び挑戦的かつ攻撃的な外交・戦略を展開し始めたのです。

 大スキピオは和平を断念――
 自ら軍を率いてカルタゴの攻略に乗り出します。

 カルタゴハンニバルを主将に軍を派遣――
 両軍は北アフリカの地ザマで対峙します。

 両軍が睨み合う中――
 ハンニバル大スキピオとは、互いに通訳だけを伴い、一対一で会談を行ったと伝えられます。

 このとき――
 ハンニバルが求めたのは、先に大スキピオが提示していた和平案のさらなる緩和でした。

 その求めを――
 もちろん、大スキピオは拒みます。

 両者が背負う国益の違いを考えれば――
 決して、まとまるはずのない会談でした。

 それでも二人は会った――

 そこに――
 二人の特別な関係を見出すことは難しくありません。

 会談は、どうやら大スキピオが先に求め――
 それにハンニバルが応じる形で実現したようです。

 僕は――
 きのうの『道草日記』で、

 ――大スキピオは、ハンニバルの戦術家としての手腕を誰よりも高く評価していたらしい。

 ということを述べましたが――
 実際には、

 ――ハンニバルのことを深く敬愛していたのではないか。

 と思っています。

 一方――
 ハンニバルも、大スキピオの戦略家・政治家としての優れた手腕を認めないわけにいかなかったはずです。

 カルタゴイベリア半島を失い、ハンニバルイタリア半島からの撤退を余儀なくされたのは――
 ひとえに大スキピオ一人のため――
 といっても過言ではありません。

 それゆえに実現した会談であった、と――
 僕は感じます。

 その後――
 ハンニバルは――
 大スキピオの戦略家・政治家としての手腕だけでなく、戦術家としての手腕も――
 認めざるを得なくなるのですが――

 その話は、あす――