――花木蘭は美人ではなかった。
ということを――
3日前の『道草日記』から繰り返し述べています。
美人でなかったからこそ――
かえって魅力的に感じられ、人々の普遍的な共感を呼んだに違いない、と――
……
……
これと良く似た事例を――
僕らは――
中世ヨーロッパ史に見出せます。
15世紀フランスの軍人ジャンヌ・ダルクです。
ジャンヌ・ダルクも、また、
――美人ではなかった。
と考えられます。
どれも美人に描かれていますが――
それらは、すべて――
後世に想像で描かれたものだといいます。
生前のジャンヌ・ダルクの容貌を正確に描きとどめたと信じられる絵画は――
一つも存在しないのですね。
また――
文字の記録をみても、ジャンヌ・ダルクが美人であったことを示すものはないようです。
信頼に足る史料の中には、例えば、「美女」とか「美貌」とかいった言葉が、いっさい使用されていないそうです。
ただし――
体つきについては、
――美しく均整がとれていた。
といった主旨の記録があるそうで――
おそらく――
強健な痩躯の持ち主であったと想像されます。
たしかに――
そういう体の持ち主でなければ、中世ヨーロッパの戦場で活躍し、歴史に名を残すことはできなかったでしょう。
……
……
花木蘭とジャンヌ・ダルクとには、
――美人ではなかった。
ということ以外にも――
幾つか共通点があります。
例えば――
君主への忠誠心に篤かった――
男装に身を固めた――
母国を守って外国の軍隊と戦った――
はじめは兵卒として参戦し、のちに指揮官となった――
現代にいたるまで、様々な物語の素材となっている――
などです。
一方――
相違点もあります。
花木蘭は史実性に乏しいが、ジャンヌ・ダルクは実在した――
強い宗教性がジャンヌ・ダルクには感じられるが、花木蘭には感じられない――
自身の性別を花木蘭は隠したが、ジャンヌ・ダルクは隠さなかった――
最期、ジャンヌ・ダルクは処刑されたが、花木蘭は天寿を全うした――
などです。
これらとは別に――
僕が注目をしている相違点があります。
――物語の完成度が違う。
という点です。
ジャンヌ・ダルクの物語は、完成度が非常に高く、ほとんど手を加える余地がありません。
敵軍に捕縛され、宗教上の異端諮問の末、公衆の面前で火刑に処せられる、という悲劇の結末は――
凡百の想像や創造を越えています。
が――
花木蘭の物語は、そんなに完成度は高くなく、手を加える余地が十分に残されています。
とりわけ――
国境の戦場で大いに活躍し、郷里へ凱旋した花木蘭のその後の動向については――
いくらでも物語を膨らませることができるでしょう。
こうした観点から――
少なくとも僕にとっては――
ジャンヌ・ダルクよりも花木蘭のほうが、ずっと気になる存在です。