マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

『花木蘭伝説』あれこれ(4)

 ――花木蘭は美人ではなかった。

 ということを――
 3日前の『道草日記』から繰り返し述べています。

 美人でなかったからこそ――
 かえって魅力的に感じられ、人々の普遍的な共感を呼んだに違いない、と――

 ……

 ……

 これと良く似た事例を――

 僕らは――
 中世ヨーロッパ史に見出せます。

 15世紀フランスの軍人ジャンヌ・ダルクです。

 ジャンヌ・ダルクも、また、

 ――美人ではなかった。

 と考えられます。

 ジャンヌ・ダルク肖像画は数多く残されていて――
 どれも美人に描かれていますが――

 それらは、すべて――
 後世に想像で描かれたものだといいます。

 生前のジャンヌ・ダルクの容貌を正確に描きとどめたと信じられる絵画は――
 一つも存在しないのですね。

 また――
 文字の記録をみても、ジャンヌ・ダルクが美人であったことを示すものはないようです。

 信頼に足る史料の中には、例えば、「美女」とか「美貌」とかいった言葉が、いっさい使用されていないそうです。

 ただし――
 体つきについては、

 ――美しく均整がとれていた。

 といった主旨の記録があるそうで――

 おそらく――
 強健な痩躯の持ち主であったと想像されます。

 たしかに――
 そういう体の持ち主でなければ、中世ヨーロッパの戦場で活躍し、歴史に名を残すことはできなかったでしょう。

 ……

 ……

 花木蘭とジャンヌ・ダルクとには、

 ――美人ではなかった。

 ということ以外にも――
 幾つか共通点があります。

 例えば――
 君主への忠誠心に篤かった――
 男装に身を固めた――
 母国を守って外国の軍隊と戦った――
 はじめは兵卒として参戦し、のちに指揮官となった――
 現代にいたるまで、様々な物語の素材となっている――
 などです。

 一方――
 相違点もあります。

 花木蘭は史実性に乏しいが、ジャンヌ・ダルクは実在した――
 強い宗教性がジャンヌ・ダルクには感じられるが、花木蘭には感じられない――
 自身の性別を花木蘭は隠したが、ジャンヌ・ダルクは隠さなかった――
 最期、ジャンヌ・ダルクは処刑されたが、花木蘭は天寿を全うした――
 現代における知名度は、花木蘭よりジャンヌ・ダルクのほうが格段に高い――
 などです。

 これらとは別に――
 僕が注目をしている相違点があります。

 ――物語の完成度が違う。

 という点です。

 ジャンヌ・ダルクの物語は、完成度が非常に高く、ほとんど手を加える余地がありません。

 敵軍に捕縛され、宗教上の異端諮問の末、公衆の面前で火刑に処せられる、という悲劇の結末は――
 凡百の想像や創造を越えています。

 が――
 花木蘭の物語は、そんなに完成度は高くなく、手を加える余地が十分に残されています。

 とりわけ――
 国境の戦場で大いに活躍し、郷里へ凱旋した花木蘭のその後の動向については――
 いくらでも物語を膨らませることができるでしょう。

 こうした観点から――
 少なくとも僕にとっては――
 ジャンヌ・ダルクよりも花木蘭のほうが、ずっと気になる存在です。