マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

『花木蘭伝説』あれこれ(8)

 バッド・エンドに膨らんだ『花木蘭伝説』の物語の――
 続きです。

 きょうは、いよいよ――
 花木蘭が生まれ故郷の村に凱旋した後のストーリーです。

     *

 州都で行政長官となった花木蘭は――
 父や姉、異母弟や継母らを呼び寄せ――
 新たな生活を始めた――

 が――
 花木蘭は自身の幸せは追わず――
 多忙な政務の合間に、父への孝行を尽し、姉の夫に適職を与え――
 異母弟を養子に迎えて自身の後継とし、継母を実母のように厚遇した――

 訝った父が訊いた――

 「なぜ、おのれの幸福を願わぬ? 婿をとり、子を成し、その子を後継としてもよいのじゃぞ」

 花木蘭は笑って答えた――

 「私の願いは、ただただ孝行にござります」

 「しかし……」

 「父上にとっては、私の血筋が残ろうと弟の血筋が残ろうと、同じにござりましょう?」

 「それでは、そなたが不憫でならぬ」

 「そのお気持ち、心より嬉しく存じます。もし許されるなら、私も人並みの幸福というものを掴みたく思っておりました」

 「では、なぜ?」

 「私は、多くのものを手にしすぎたのです。いずれ、その報いを受けることとなりましょう」

 元近衛将軍のもとで研鑚を積んだ花木蘭には――
 この国の展望の暗いことが、十分にみてとれていた――

 やがて――
 父は天寿を全うし――
 継母も幸せのままに他界した――

 ほどなくして――
 再び、国都より徴兵の命が届く――

 外敵が勢力を盛り返し、再び国境へ侵攻してきたのだった――

 この度の外敵の侵攻は型破りで――
 敵兵は、幾つもの州都を素通りにし、まっすぐ国都を目指して進撃していった――

 国都の廷臣たちは動揺した――

 「このままでは国が滅ぶ」

 「しかるべき将軍に兵をあずけ、早く撃退させなければ……!」

 「そんな手練れの将軍が、どこにおる? 過年の国防の折も苦戦の連続であった」

 そのとき――
 帝が口を開いた――

 「花木蘭を呼べ」

 「は?」

 廷臣たちは首を傾げた――
 
 「忘れたか。過年の国防の折、あの者が参戦してから味方は勢いを得た」

 「されど、あの者は女にござります」

 「かまわぬ」

 帝の勅命を受け――
 花木蘭は、僅かな私兵を率い、国都へ駆けつけることにした――

 その際――
 養子に迎えた異母弟を呼び寄せ、云った――

 「妾(わたし)の留守の間、帝の御身ないし国都が異国の手に落ちたならば、直ちに恭順の意を示すのです」

 「姉上は、いかがなさります?」

 「妾は最期まで帝をお守りする」

 「私も姉上と共に参りたく存じます」

 「なりませぬ。あなたは、ここに残り、妾に代わって、我らが家の血筋を守るのです」

 「しかし……」

 「良き妻を娶り、良き子を成しなさい。それが亡き父上や継母上への孝行です」

 国都に入った花木蘭は――
 帝から全軍の指揮を任され、外敵の迎撃に乗りだすが――

 今の花木蘭は、かつての花木蘭――自分が女であることを隠し、男装をして戦っていた花木蘭――ではなかった――

 「女の命には従えぬ」

 そう公言して憚(はばか)らない男の将軍たちをみて――
 帝は、花木蘭から全軍の指揮権をとりあげ、自ら指揮を執ったが――

 戦の経験のない帝に――
 外敵の侵攻を防げるはずはなかった――

 やがて――
 国都に外敵の兵がなだれこみ――
 帝の宮殿は包囲された――

 廷臣たちや将軍たちの多くが帝を見捨てて逃亡したり降伏したりするなか――
 花木蘭は一人、戦陣での返り血を浴びたまま、帝の傍らに残った――

 「花木蘭、そなたは逃げぬのか」

 帝の問いに、花木蘭は答えた――

 「昔、自分に付き従ってくれていた召使を見殺しにしたことがござります」

 「そう申しておったな。覚えている。この度は、余が見殺しにされるものと思っていた」

 花木蘭は笑った――

 「人を見殺しにして生き残る辛さは、もう御免こうむりたく存じます」

 「そなたは余が憎くないのか。そなたに預けた兵を余はとりあげた」

 花木蘭の視線が動いた――

 「陛下はお優しい……。妾や妾が見殺しにした召使と同じ目線に立っていらっしゃる」

 「天下に君臨する者としては、少し優しすぎたようだ。だから、こうして国を滅ぼした」

 「そうかもしれません」

 帝は、着慣れない鎧の裾を気にしながら――
 軽く息を飲んだ――

 「花木蘭、一つ訊きたい」

 「はい」

 「そなたが女の身で出征を決意したのは、許嫁に逃げられたためと申したな」

 「はい。浅慮の極みにござりました」

 「今も一人身か」

 「はい」

 「では、今からでも、余の後宮に上がってはくれまいか」

 「はい?」

 花木蘭は目を丸くした――

 「そなたに惚れた。今からでも叶うことなら、そなたを后(きさき)に迎えたい」

 「陛下、お戯れを……」

 「戯れではない。まことの想いを述べている」

 「この男装しか似合わぬ器量あしの花木蘭を?」

 「そなたは、余の後宮におったどの女よりも美しい。余は、そう感じる」

 「もったいないお言葉――」

 しばしの沈黙――

 やがて――
 花木蘭は云った――

 「お断り申し上げます」

 「なぜだ?」

 「今のお言葉、この花木蘭には身に余る光栄にござります。が……」

 「……」

 「後宮に上がれば、花木蘭は花木蘭ではなくなる気が致します」

 「……」

 「どうか、ご容赦くださりますように――」

 帝は笑った――

 「花木蘭――余の恋を面と向かって拒んだのは、そなたが初めてだ」

 花木蘭も笑った――

 「恐れ入りましてござります」

 ほどなく――
 宮殿に火が放たれた――
 
 異国の兵たちが斬り込んでくる――

 「花木蘭――余を殺せ。余は、そなたの刃にかかりたい」

 「御意のままに――」

 異国の兵の叫び声を背に受けながら――
 花木蘭は帝を手にかけた――

 その後――
 いくばくか異国の兵たちと切り結び――

 やがて――
 宮殿を包む炎の奥へ消えていった――

     *

 以上です。