道徳を欲求と対応させずに把握しようとしても混乱するだけである――
といった主旨のことを――
きのうの『道草日記』で述べました。
……
……
よって――
道徳のことを理解しようと思ったら――
まずは、欲求のことを理解しようとする必要があるのですが――
……
……
実は――
欲求という概念も――
道徳に負けないくらいに雲をつかむような概念なのです。
だから、困ってしまうのですが……(苦笑
……
……
そうはいっても――
欲求は――
道徳よりは、明確な概念といってよいでしょう。
……
……
一般に――
欲求は、
――摂食欲求
――睡眠欲求
――排泄欲求
などの生物的ないし生理的な欲求と、
――承認欲求
――支配欲求
――所蔵欲求
などの社会的ないし心理的な欲求とに――
分類されます。
生物的ないし生理的な欲求を、
――基礎欲求
あるいは、
――1次欲求
といい――
社会的ないし心理的な欲求を、
――派生欲求
あるいは、
――2次欲求
といいます。
「生物的ないし生理的な欲求」や「社会的ないし心理的な欲求」という呼び方よりも、「基礎欲求」「1次欲求」や「派生欲求」「2次欲求」という呼び方のほうが――
「欲求」という名の心の働きを本質的にとらえているように――
僕には思えます。
つまり――
生物的ないし生理的な欲求は、より根幹的であり――
社会的ないし心理的な欲求は、より枝葉的である――
ということですね。
よって――
欲求とは、本質的には、生物的ないし生理的な欲求のことであり――
社会的ないし心理的な欲求は、生物的ないし生理的な欲求に従属している概念であって、
(本来、「欲求」と呼びうる心の働きではないのでないか)
と思うのです。
……
……
以下――
現時点での僕の直観をメモにしますと――
僕は――
生物的ないし生理的な欲求のみを――
たんに、
――欲求
と呼び――
社会的ないし心理的な欲求を、
――欲求の支持
と呼ぶのがよいと思っています。
そして――
欲求には、“欲求の支持”以外にも、“欲求の制御”と呼ぶべきことがあって――
その“欲求の制御”こそが、
(道徳の本態ではないか)
と思っています。
図式化すると、
欲求
↓↑ ← 欲求の制御
欲求の支持
です。
あえて、「生物的ないし生理的な欲求」「社会的ないし心理的な欲求」「道徳」を用いて記せば、
生物的ないし生理的な欲求
↓↑ ← 道徳
社会的ないし心理的な欲求
となります。