――人文科学は、多少なりとも虚構的にならざるをえない。
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
ここでいう「虚構的」とは、
――「数学は虚構的である」という意味での「虚構的」である。
ということも、述べました。
――数学は人文科学である。
と、僕は考えています。
日本の学校教育では、数学は、いわゆる、
――理系科目
に分類されますから、
――数学は自然科学である。
と考える人が、日本では多いのですが――ヨーロッパでは「人文科学である」と考えている人が多いそうです――ヨーロッパの学校教育に通じていた知人が教えてくれました。
なぜ「数学は人文科学である」といえるのか――
それは、数学が人の営みと直に関わっている事物――演算や論理構築――を対象としているからです。
もちろん、演算や論理構築は、ヒトの脳の何らかの機能や性質を反映しているでしょうから、その意味では、人の営みと完全かつ直接的に関わっているわけではありません。
が、少なくとも、演算や論理構築が人によって意識的になされていることから――あるいは、無意識的になされることがほとんどないことから――やはり、人の営みと直に関わっている事物とみなすのが妥当です。
数学も人文科学なので――例えば、シンガーソングライターの小田和正さんが、
――(数学で)良い問題を1題作るのは(音楽で)良い曲を1曲作るのと似ている。
と述べられたのは、実によくわかることです。
この言葉は、数学教育者・数学者の長岡亮介さんのご著書『東大の数学入試問題を楽しむ』に寄せられました――お二人は、中学・高校の同級生でいらっしゃるのだそうです。