――人に強い。
とか、
――人に強くなる。
とかいったいい方がありますね。
ここ10年くらい、ずっと気になっています。
――気になっている。
の真意は、
(いわんとすることは何となくわかるのだが、では、具体的に、どんな状態が「人に強い」という状態なのか――そこを考え始めると、にわかに、わからなくなる)
ということです。
これは、
(たぶん人文科学的なテーマなんだろう)
と、僕は思っています。
きのうまでの『道草日記』で、僕は「社会科学とは何か」ということを自分なりに考えてきましたが――
その背景に常にあったのは、
――では、人文科学とは何か。
という問いでした。
これについては、様々な考え方があるのですが――最もシンプルな考え方は、たぶん、こうです。
――あらゆる学問は2つに分けられる――人の営みに直に結びつく事物を対象とする学問と人の営みに直には結びつかない事物を対象とする学問との2つである。
前者の「人の営みに直に結びつく事物を対象とする学問」が人文科学で、後者の「人の営みに直には結びつかない事物を対象とする学問」が自然科学です。
ただし、人文科学については、その一部が、数多の人々の関係性――つまりは、社会――に対象を特化することで発展してきたため、その一部が「社会科学」となって独立するに至った、という経緯を指摘できます。
――人に強い。
とは、どういう状態か――
おそらく、それは、
――自分の心のうちを常に律して人と接することに長けている。
という状態です。
つまり、
――人に強い。
とは、
――自分の心の営みに強い。
ということです。
自分の心は、人の営みの例――たぶん、最たる例――だからです。
よって、
――人に強い。
とはどういうことかを考えるということは、十分に人文科学的なテーマといえる、と――僕は思います。