きょうは――
2)男性が女性に感じとる「粋」について――
その具体例を挙げましょう。
僕は、この “男性が女性に感じとる「粋」” こそが、
――最も粋らしい「粋」である。
と考えています。
つまり、きのうの『道草日記』で触れた、
1-1)男色の観点から捉えられるべき「粋」
や、
1-2)女性の主観を介在させる間主観的な「粋」
ではなく、
2)男性が女性に感じとる「粋」
こそが、
――「粋」の本流である。
ということです。
“本流”ですから――
具体例を挙げることは、いくらでもできそうですが――
きょうは、あえて1つに絞ります。
その1つの具体例とは、
――仰(の)け衣紋(えもん)
です。
――抜(ぬ)き衣紋
ともいいます。
和装の着こなしの一つです。
いわゆる着物の後ろ襟(えり)を引き下げ、襟足――首筋の後ろ髪の生え際――が露わになるような着付けの仕方を指します。
おわかりのように、和装では、体の曲線や肌の曲面が露わになることは、ほとんどありません。
が、仰け衣紋では、首筋が露わになるのです。
このような着こなしを女性が和装で行えば、独特の色気が醸し出されることは、容易に想像がつきます。
ここで大切なことは――
なぜ着物の後ろ襟を引き下げてまで、首筋を露わにするのか――
です。
――色気を醸し出すため――
ではありません。
もし、そうなら、仰け衣紋が「粋」となることはありえません――色気を誇示するためだけの仰け衣紋は、おそらく野暮もよいところでしょう。
では、何のためなのか――
着物や髪を守るためです。
仰け衣紋は、着物の後ろ襟と日本髪(にほんがみ)の髱(たぼ)とが触れ合って、互いを汚したり乱したりしないようにするための着付けでした。
日本髪というのは、古墳期から昭和前期にかけ、この国で固有に発達してきた女性の髪の結い方で、その結い方の後頭部の辺りは「髱」と呼ばれました。
この髱が、仰け衣紋なしでは、後ろ襟に触ってしまうのですね。
それを避けるのが仰け衣紋の当初の狙いでした。
この狙いが、少なくとも建前としては残り続けたことで、仰け衣紋は「粋」であり続けたといえます。
それは――
一言でいえば、
――色気を醸し出すためではないのだが、結果として、色気を醸し出すことになっている。
という葛藤が嗜みとして結実したもの――
といえます。