マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

再び「精神の意義」へ(8)

  X (t) = ∫ q (x; t){− ln p (x, s; t) −(− ln q (x; t))}dx + Γ

 で定義をされる X (t) の正体を考えていくと――

 

 (似たようなことが19世紀の熱力学で論じられていなかったか)

 ということに気づく。

 

 ここで――

 t は時刻であり――

 q (x; t) は、身体の持ち主が、身体の外部における状態について、主観的に見積もる確率であり――

 x は、身体の外部における状態を決める変数であり――

 − ln p (x, s; t) は、身体の持ち主が、身体の外部における状態について、感覚器を通して察するエントロピー(entorpy)であり――

 ln は、高校の数学で学ぶ自然対数であり――

 s は、身体の感覚器が受け取る信号を決める変数であり――

 Γ は定数である。

 

 ……

 

 ……

 

 要するに――

 

 X (t) は、身体にとっての“身体の外部における状態のエントロピー” S (t) から――

 身体が、q (x; t) に関わる情報を身体の内部に留める結果、身体の内部における状態に発生をするエントロピー Q (t) を差し引いた量に――

 定数 Γ を加えたもの――

 である。

 

 まとめれば、

   X (t) = S (t) − Q (t) + Γ

 である。

 

 この等式は――

 ある熱力学の量を定める等式に似ている。

 

 その量とは、

 ――自由エネルギー(free energy)

 だ。

 

 ……

 

 ……

 

 ――自由エネルギー

 とは――

 自然界のある部分において――

 その状態を示す量の1つである。

 

  F = U − TS

 で定義をされる。

 

 F が自由エネルギーであり――

 U は、その状態の内部エネルギー(internal energy)であり――

 T は、その状態の絶対温度であり――

 S は、その状態におけるエントロピーである。

 

 自由エネルギー F は、その状態で起こる化学反応などの反応の方向を示す。

 自然界の反応は、常に F が減る方向に進む――そうなるように F を定めた。

 

 一方――

 内部エネルギーとは――

 その状態が持っているエネルギーの総和である。

 

 ただし――

 エネルギーというのは、何を基準に採るかで値は変わってくるので――

 例えば、この「内部エネルギー」についていえば、分子の結合に必要なエネルギーを勘定に入れるか否かで値は変わってくるので――

 

  F = U − TS

 の等式は、何を基準に採っても構わぬように、

  F = U − TS + 定数

 と記してもよい。

 

 が――

 その都度、定数の項を記し加えるのは煩雑であるから――

 省くのが慣例となっている。

 

 この慣例に従えば、

  X (t) = S (t) − Q (t) + Γ

 は、

  X (t) = S (t) − Q (t)

 である。

 

  F = U − TS

 と、

  X (t) = S (t) − Q (t)

 と――

 よく似ている。

 

 ちなみに――

 熱力学で自由エネルギーを考える時は、絶対温度が一定との条件――等温条件――を設ける。

 

 よって――

 絶対温度 T 以外の量 F、U、S は、いずれも時刻 t の関数とみなせる。

 

 つまり、

  F = U − TS

 は、

  F (t) = U (t) − TS (t)

 と記してもよい。

 

 ますます、

  X (t) = S (t) − Q (t)

 に似てきた。

 

 が――

 むろん類似点だけではない。

 

 相違点もある。

 

 第一に――

 次元が異なる。

 

  F (t) = U (t) − TS (t)

 はエネルギーの次元であるが、

  X (t) = S (t) − Q (t)

 はエントロピーの次元である。

 

 エントロピーの次元に絶対温度の次元を乗じたものがエネルギーの次元である。

 

 この他にも見逃せぬ点が――

 S (t) の意味の違いだ。

 

 どちらの等式にも状態のエントロピー S (t) が含まれているが――

 それらの意味は同じではない。

 

  F (t) = U (t) − TS (t)

 の S (t) は、状態のエントロピーそれ自体であるが、

  X (t) = S (t) − Q (t)

 の S (t) は、身体の持ち主にとっての“身体の外部における状態のエントロピー”である。

 

 前者は、19世紀ドイツの物理学者ルドルフ・クラウジウス(Rudolf Clausius)や、そのクラウジウスより 20 歳ほど若かった19世紀オーストリアの物理学者ルートヴィヒ・ボルツマン(Ludwig Boltzmann)らによって導入をされた量であり――

 後者は、20世紀アメリカの電気工学者・数学者クロード・シャノン(Claude Shannon)によって導入をされた量である。

 

 『随に――』