マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

果てしなく広大で深遠な未知の世界

 ――科学の果て

 を、

 ――宇宙の果て

 と思い込むことは――

 

 ――科学の流れ

 から外れて、

 ――科学の淀み

 に囚われている――

 という意味で――

 

 危うい。

 

 ……

 

 ……

 

 ――科学の淀み

 とは、

 ――科学の流れ

 の、

 ――淵

 を指す。

 

 ――瀬

 に対して、

 ――淵

 である。

 

 現実の、

 ――川の流れ

 において、

 ――瀬

 は、

 ――流れが速く、浅いところ

 であり、

 ――淵

 は、

 ――流れが遅く、深いところ

 である。

 

 では――

 

 ――科学の流れ

 において、

 ――瀬

 とは何か――

 

 ――淵

 とは何か。

 

 ……

 

 ……

 

 ――科学の流れ

 における、

 ――瀬

 とは――

 研究者の数が少なく、論文発表の数も少ない分野でありながら――

 古い仮説が次々と退けられ、新たな仮説が次々と立てられている分野を指す。

 

 一方――

 

 ――科学の流れ

 における、

 ――淵

 とは――

 研究者の数が多く、論文発表の数も多い分野でありながら――

 古い仮説が殆ど退けられず、新たな仮説が殆ど立てられていない分野を指す。

 

 ――淵

 に居るのは――

 楽しい。

 

 研究者が集まっていて、論文発表は盛んで――

 いかにも人気の分野に属している感覚が楽しめる。

 

 ――瀬

 に居るのは――

 寂しい。

 

 研究者が集まらず、論文発表にも乏しく――

 いかにも不人気の分野に迷い込んだ感覚に苛まれる。

 

 が――

 

 不人気の分野であるからといって――

 仮説が目まぐるしく書き変わっていないとは限らぬ。

 

 人気の分野であるからといって――

 仮説が目まぐるしく書き変わっているとは限らぬ。

 

 古い仮説が、なかなか書き変わらぬ分野は、

 ――科学の淀み

 といってよい。

 

 ――瀬

 が淀めば――

 すぐ判る。

 

 が――

 

 ――淵

 が淀んでも――

 すぐには判らぬ。

 

 だから――

 危うい。

 

 ただの“淀み”が、

 ――果てしなく広大で深遠な未知の世界

 と錯覚をされ得る。

 

 『随に――』