マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「制御されたパンデミック」は言葉遊びだった

 ――1~3か月前になされた専門家のコメントや公的機関の論評が、今、チャンチャラおかしい内容になっている。

 ということを――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 その具体例を1つだけ挙げるとすれば――

 世界保健機関(World Health Orgnization)の論評でしょう。

 

 ――新型コロナ・ウイルス感染症は史上初めて制御されたパンデミックになる可能性がある。

 というものです。

 3月10日頃になされた論評です。

 

 これは――

 今にして思えば――

 言葉遊びの域を出ていませんでしたね。

 

 もちろん――

 仕方のないことではありますが――

 

 ……

 

 ……

 

 この論評の真意は――

 同じパンデミックであっても感染が世界各地で急増したような過去のパンデミックではなく、徐々に拡大させるように制御することで感染死の総和を有意に減少させる――

 というものであったと推測されます。

 

 が――

 仮に――

 その目論見の通りになったところで――

 感染死は世界各地で確実に発生するわけですから――

 その事態を、いくら、

 ――制御されたパンデミック

 と呼んだところで――

 人々が容易に納得し、安心するわけはなかったのです。

 

 人情として、

 ――世界中で数億人が死にそうなところを、数千万人くらいに抑えこめそうで、よかった、よかった。

 とは決してならない――

 ということです。

 

 ……

 

 ……

 

 以下は私見です。

 

 感染症政策では、

 ――感染急増の緩和

 と、

 ――感染拡大の抑圧

 と――

 少なくとも2つの方針があります。

 

 一見――

 感染の実態に合わせ、どちらかを選べば良さそうなものですが――

 実際には、

 ――感染拡大の抑圧

 の一本槍です。

 

 その結果――

 感染拡大が首尾よく抑圧される場合と感染急増が辛うじて緩和されるにとどまる場合との2つの帰結がありうる――

 

 そういうことなのであろうと思います。