マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

“「血液循環」説の確立” はパラダイム・シフトか

 血液が全身を巡るという現象――「血液循環」という現象――は、今日、誰もが事実として受け入れているかと思いますが――

 この事実が受け入れられ始めたのは――

 そんなに遠い昔のことではありません。

 

 ――血液循環

 の実態を初めて強力に示したのは――

 17世紀序盤に活動をしたイギリスの医師・生理学者ウィリアム・ハーヴィー(William Harvey)です。

 

 今から 400 年ほど前のことでした。

 

 人の歴史が 3,000 年ほど前から始まっていることを考えれば、「400 年」という歳月は、そんなに長くはありません。

 

 ハーヴィー以前の医学では、

 ――血液循環

 は思いもよらぬ現象でした。

 

 よって――

 その現象が実在をするとの主張は、

 ――「血液循環」説

 と呼ぶ必要があるのです。

 

 ハーヴィーの、

 ――「血液循環」説

 は、現代医学の見解とは少し違っています。

 

 現代医学では――

 心臓の左側から送り出された血液は――

 大動脈を通り、全身の動脈を経て、毛細血管を満たした後、全身の静脈を経て、大静脈へ還り、心臓の右側へ迎え入れられ――

 そこから、さらに肺動脈へ送られ、肺の毛細血管を満たした後、肺動脈へ迎えられ――

 最終的には、心臓の左側に戻ってくる――

 と考えられています。

 

 が――

 ハーヴィーの頃は、まだ毛細血管の存在が知られていませんでした。

 十分な顕微鏡が制作をされていなかったからです。

 

 つまり、

 ――「血液循環」説

 は、

 ――毛細血管の欠如

 という深刻なミッシング・リンク(missing link)を――文字通りのミッシング・リンクを――抱えていたわけです。

 

 この“欠如”は、血液循環の理解にとっては「ほとんど致命的――」といっても良さそうなものでしたが――

 この難点を巧く乗り越えて――

 ハーヴィーは、

 ――「血液循環」説

 を打ち立てることに成功をします。

 

 実は――

 

 ここ半月ほどの『道草日記』で――

 僕が繰り返し、

 ――パラダイム・シフト(paradigm shift)

 や、

 ――ブレイクスルー(breakthrough)

 について述べてきたのは――

 この

 ――「血液循環」説の確立

 が念頭にあったからです。

 

 もう少し具体的にいえば、

(“「血液循環」説の確立” はパラダイム・シフトとみなせるかどうか)

 の問題意識を抱えていたからです。

 

 もし「血液循環」説がパラダイム・シフトならば――

 それを導いたブレイクスルーは何であったとみなせるのか――

 

 もし、そのようなブレイクスルーが明確に指摘をされえないのなら、

 ――「血液循環」説の確立

 は、

 ――天動説から地動説への転換

 と同様の意味で、「パラダイム・シフト」とはみなせないのではないか――

 

 そういう問題意識です。

 

 結論からいうと、

 ――「血液循環」説の確立

 は、

 ――天動説から地動説への転換

 とは違い、十分に、

 ――パラダイム・シフト

 とみなしうる――

 と、僕は考えています。

 

 その理由は――

 あす以降の『道草日記』で――