マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

人の知能は曖昧な回答も差し出せる

 ――調和のとれた情報

 とは何か――

 ――柔軟な回答

 とは何か――

 と、きのうの『道草日記』で問いました。

 

 これら2つの問いのうち、

 ――調和のとれた情報

 について、簡単に答えると、

 ――1つひとつ挙げていったらキリがないくらいに様々な領域の情報

 となります。

 

 例えば――

 囲碁や将棋の棋譜に関する情報に限らない情報ですね。

 

 では、

 ――柔軟な回答

 については、どうでしょうか。

 

 ――柔軟な回答

 とは何かという問いについて、11月13日の『道草日記』で簡単に触れた際には、

 ――後で容易に修正ができるくらいに曖昧な回答

 と述べました。

 

 例えば、

 ――今、サッカーのワールドカップが催されている国は、どこか。

 という質問に対し、いきなり、

 ――カタール国

 と答えるのではなく――

 ――アラビア半島にある国

 とか、

 ――日本語圏で「カタール」と呼ばれている国

 とかと答えるようなことを指します。

 

 あるいは――

 もっと曖昧に、

 ――アラビアのほうにある国

 とか、

 ――たしか「語る」みたいな名前の国

 とかと答えるようなこと――

 といってもよいでしょう。

 

 このような曖昧な回答が十分に可能であると――

 楽しい雑談が可能です。

 

 このような曖昧な問答の応酬は――

 人の知能にとっては造作もないことですが――

 人工知能にとっては至難の業なのです。

 

 だからでしょう。

 

 人工知能うしの対話というのは、ほとんど面白くない――やりとりが噛み合っているようで噛み合っていない――

 

 あまりにも面白くないがために――

 ありふれた人の知能どうしの対話が、

 ――とんでもなく面白い

 ということに気づけるという意味で――

 大変に面白いのですね。

 

 傍で聞いていて面白い雑談ができるようになれば――

 その人工知能は、人の知能に相当に似てきているといえるでしょう。