――愚かさ
を考える上で容易に外せない概念がある、と――
僕は考えています。
――知能
です。
ここでいう、
――知能
とは――
12月23日の『道草日記』で述べたように――
広義の「知能」です。
――本能
も含めた概念であり――
ヒト以外の生物種も備えている性質です。
その性質は――
12月25日の『道草日記』で述べたように、
――目的の設定が可能であり、設定がされた目的に合致をしている営みや振る舞いが可能であること
です。
つまり、
――“定目的性”や合目的性が感じられること
です。
では――
なぜ知能は――より厳密には、なぜ「知能を備えた生物種」は――目的を定め、その目的に合わせて営み、振る舞おうとするのでしょうか。
最も採りやすい解釈は、
――個体として生存をするため――
です。
それに、
――生物種として存続をするため――
を加えるのが妥当でしょう。
つまり――
知能が定める目的――あるいは、知能に含まれる本能として予め定められていると考えられる目的――は、主に、
――個の生存
と、
――種の存続
との2つといえます。
人の知能の場合には――
これら2つの目的に、
――個や種の幸福の追求
という目的があり――
その比重は最も大きいのかもしれませんが――
今は話を簡単にするために――
措きます。
以上を踏まえた上で、
――愚かさ
とは何か――
……
……
それは、
――知能が、あきらかに成しえない目的を定めたり、十分に成しうる目的を定めながら、それを決して成しえない営みや振る舞いに拘泥をする様子――
といえます。
簡単にいうと、
――知能が目的を成しえない様子
それが、
――愚かさ
です。