マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

賢さだけが「知性」ではない

  知性 = 愚かさ × 賢さ

 の図式を――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 この図式からいえることは――

 なかなかに興味深いといえます。

 

 愚かさがゼロに近づけば――

 どんなに賢さが大きかったとしても――賢さが無限大でもない限り――

 知性はゼロに近づきます。

 

 つまり――

 賢さだけでは、

 ――知性

 とはいえない――ある程度の愚かさを伴って始めて、

 ――知性

 といえる――

 ということです。

 

 20世紀日本の物理学者・随筆家の寺田寅彦が、

 ――科学者の頭

 について至言を残していることは有名です。

 

 ――科学者は頭が良くなくてはならない。が、同時に頭が悪くもなくてはならない。

 という主旨です。

 

 事実に基づき、論理を組み立て、実験や観察を行い、仮説の妥当性を確かめるには、科学者は頭が良くなければなりません。

 

 が――

 他の科学者が「正しい」と考える仮説をあえて疑い、新奇の発見に迫ろうとするには、科学者は頭が悪くなければなりません。

 

 寺田寅彦の指摘は――

 科学者に求められる能力が一見、相反する2つの特徴を含んでいることを感じさせます。

 

 こうした逆説の指摘が可能であるのは、

 ――科学者の頭

 の意味が不鮮明であるからです。

 

 そのことについては――

 寺田寅彦自身も断りを入れています。

 

 たしかに、その通りで――

 

 ――科学者の頭

 の意味は、すこぶる曖昧なのです。

 

 とはいえ――

 

 ――科学者の頭

 に限らず、そもそも、

 ――知性

 の概念それ自体が逆説的であることを認めるほうが――

 話は簡単です。

 

 寺田寅彦の指摘を僕なりの表現でいいかえれば――

 次のようになります。

 

 ――事実に基づき、論理を組み立て、実験や観察を行い、仮説の妥当性を確かめることには、知性を要する。また、他の科学者が「正しい」と考える仮説を疑い、新奇の発見に迫ろうとするにも、知性を要する。

 

  知性 = 愚かさ × 賢さ

 の図式を前提に据えれば――

 寺田寅彦の指摘は、まったく逆説ではありません。