――言論の自由は戦乱を招くか。
ということについて――
少々、考えております。
言論活動を取り締まる国家や政権というのが――
世界には、少なからず存在しています。
言論の自由が曲がりなりにも保証されている日本のような国からみたら、
――なぜ、わざわざ言論活動を取り締まるのか。
と理解に苦しむところですが――
言論活動を取り締まる国家や政権にも言い分はあるでしょう。
それは――
おそらくは、こうです。
――言論の自由は過激なメッセージを生む。 …①
――過激なメッセージは人の心を傷つける。 …②
――心を傷つけられた人は、より攻撃的な言論活動に走り、いっそう誰かの心を傷つけようとする。 …③
――そのうちに、相手の心だけでなく、体をも傷つけようとする。 …④
――こうして、いつしか自由な言論活動が流血の武力闘争へと様変わりし、戦乱がもたらされる。 …⑤
……
……
たしかに――
一理あるのかもしれません。
もちろん――
本来――
人は、たとえ誰かに心を傷つけられても、決して傷つけ返してよいはずはなく――
また――
誰かの体を傷つけてよいはずもないのですが――
残念ながら――
この道徳を当たり前に実践できる人たちというのは、そう多くはありません。
そういう人たちは少数派かと問われれば――
僕は、多数派であると信じておりますが――
それでも――
そういう人たちだけで世界が占められているわけではない――
というのが現実でしょう。
この現実の下では――
まことに不本意ながら、
――自由な言論は戦乱を招きうる。
は否定しがたいのです。
とはいえ――
言論活動を取り締まるしか対策がないのかといえば――
そんなことはなくて――
最も根幹の対策は――
教育でしょう。
とくに、前述の①~⑤のうち、③や④の段階について――
理解を深めていく必要があろうかと思います。
①や②の理解が深くても、③や④の理解が浅ければ――
⑤は防げないでしょう。