マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「実るほど頭を垂れる……」:お説教に使われるはずのない言葉

 ――実るほど頭を垂れる稲穂かな。

 という言葉があります。

 直接の意味は、

 ――稲は実が熟するほどに穂を垂らす。

 ですが――
 間接の意味は、

 ――人は学を深め、徳を備えるほどに謙虚になる。

 です。

 この言葉――
 僕は、あまり好きではありません。

 なぜか――

 ……

 ……

 不誠実なお説教に使われることが多いからです。

 例えば、

 ――お前も上司になって、部下をもったのだ。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」というだろう。謙虚になりたまえ。

 といったお説教です。

 ……

 ……

 余計なお世話ですね。

 ――実るほど首を垂れる稲穂かな。

 というのは――
 単に、

 ――人は学を深め、徳を備えれば、しぜんと謙虚になる。

 といっているだけですから――

「謙虚になりたまえ」ということは、

 ――今のお前には学も徳もない。

 ということにすぎません。

 ならば――
 そのようにストレートにいうほうが――
 よほど誠実というものです。

 あるいは――
 もう少し趣向を凝らすなら――
 このようにいうのがよいでしょう。

 ――上司になったら、なおいっそう謙虚になりたまえ。そうすれば、お前の部下は、よく動いてくれるであろう。

 ……

 ……

 ――実るほど首を垂れる稲穂かな。

 というのは――
 末尾に感嘆の助詞が付いていることからもわかるように――

 本来――
 有識の人格者を讃える言葉です。

 お説教などには使えるはずのない言葉です。