――男女の問題
の殆(ほとん)どは、
――男性も女性も、自分の性的欲求の対象を自在に設定できるわけではない。
というところに端を発しているように思います。
――自分の性的欲求の対象を自在に設定できる。
とは――
例えば――
――男性が、向こうから歩いてくる3人の女性とすれ違う際に、その3人の中の誰か1人の女性に狙いを定めて自分の性的欲求の対象にするということが、意識的にできる。
ということです。
そんなことが、もし本当にできるなら――
いわゆる“男女の問題”の殆どは、生じないに違いありません。
おそらく――
誰もが、きわめて合理的な判断のもとに男女交際を始め、十分な熟慮を経て夫婦関係を結び、その後、何ら問題を見出すことなく、その夫婦関係を――それこそ、死が分かつまで――全うすることができるはず。
実際には、自分の性的欲求の対象を自在に設定できる、ということはありません。
多かれ少なかれ、皆、無意識的に設定してしまっています。
いわゆる“男女の問題”について、
――出会って「あ!」と思い、気づいたら結婚していた。
とか、
――なんで、こんな相手と結婚してしまったのだろう?
とかいった話をときどき耳にしますが――
そうした話は、そんなに稀有でも特殊でもありません。
むしろ、“男女の問題”の話としては、典型的すぎるくらいです。
あまりにも典型的すぎるからこそ、「稀有」とか「特殊」とかといった印象を与えてしまうのでしょう。