マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

医学・医療の“入れ子”構造

 ――医療の実践

 は、

 ――体の外側から内側へ――

 と向かい、

 ――医学の論理

 は、

 ――体の内側から外側へ――

 と向かう――

 ということを――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 ところが――

 同じ“医療の実践”であっても――

 少なくとも表面的には――

 ――内科

 では、

 ――体の内側から外側へ――

 の方向性があるようにみえ――

 ――外科

 では、

 ――体の外側から内側へ――

 の方向性があるようにみえます。

 

 いうまでもなく、

 ――医療

 は、

 ――芸

 で、

 ――医学

 は、

 ――学

 です。

 

 一方――

 同じ医療の中で、

 ――内科

 は、

 ――学

 の様相が強く、

 ――外科

 は、

 ――芸

 の様相が強い、ということは――

 おとといの『道草日記』で述べた通りです。

 

 ここに――

 6月29日の『道草日記』で述べた、

 ――医学・医療の“入れ子”構造

 が潜んでいます。

 

 似たような“入れ子”構造は――

 医療の中だけでなく、医学の中にも見出せます。

 

 同じ医学の中で、

 ――診断学や治療学

 は、

 ――学

 の様相が強く、

 ――疫学や予防医学

 は、

 ――芸

 の様相が強い――

 といえます。

 

 ――診断学

 とは、病気の見つけ方を究める領域であり、

 ――治療学

 とは、病気の治し方を究める領域です。

 

 これら領域は、莫大な数の事例を同時並行的に扱えるために――

 それら事例をもとに何らかの原理を見出すことは、わりと容易です。

 

 ――何らかの原理を見出すこと

 というのは、あらゆる“学”で掲げられる目標ですから――

 これら領域は、いかにも“学”らしい“学”といえます。

 

 一方、

 ――疫学

 とは、感染症の蔓延の防ぎ方などを究める領域であり、

 ――予防医学

 とは、あらゆる病気の発生の防ぎ方を究める領域です。

 

 これら領域は、ごく限られた事例しか扱えなかったり、原理を見出すのに長大な期間が必要であったりするため――

 何らかの原理を見出すことよりも、確実な成果をもたらすことに、重きが置かれます。

 

 よって――

 これら領域は、“学”でありながらも“芸”の様相が十分に強いといえます。