――あきらかに乱であっても、あえて「変」と呼ぶ。
ということが、ときにあったようである――
ということを――
きのうの『道草日記』で述べました。
面白いのは、
――あきらかに変であっても、あえて「乱」と呼ぶ。
ということは、おそらくは、
(一例もない)
ということです。
……
……
いいえ――
もしかしたら――
そういう例も、ないことはないのかもしれませんが――
少なくとも僕は――
ちょっと思い当たりません。
……
……
ひょっとすると――
そのような例として――
江戸後期に起きた、
――大塩(おおしお)平八郎(へいはちろう)の乱
を思い浮かべる向きが、あるかもしれません。
――大塩平八郎の乱
というのは――
大坂町奉行の与力(職員の一種)であった学者・大塩平八郎が、大坂の市街で起こした騒乱です。
門弟らを率い、大坂町奉行らの不正や汚職を糺したり、暴利を貪っているとみた豪商らを襲ったりする画を立てていたところ――
門弟らの一部が裏切って奉行所に密告をしたために、やむをえず、“見切り発車”的に自らの屋敷に火を放ち、門弟らを率いて、ひとまず豪商らを襲った――
という騒乱でした。
大塩平八郎の乱では、戦闘で殺された者の数は、わずかに十数名程度です。
よって――
一昨日や昨日の『道草日記』で述べた基準に照らせば――
あきらかに、
――大塩平八郎の変
と呼ぶのが、ふさわしいのですが――
実は――
この乱で生じた火災が尋常ではない規模であったのですね。
大坂の市街の5分の1が消失をし――
それに伴う焼死者は数百名程度にまでのぼったといわれています。
よって、
――大塩平八郎の変
ではなく、
――大塩平八郎の乱
と呼ぶのが妥当である――
といえるのです。