マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

訂正:「脳内配線の類似性」→「神経配線の類似性」

 脳を含む神経系について――

 心理的な営為としての、

 ――記憶

 に対応をする生理的な現象として、

 ――記録

 を考えるときに――

 これに関連をする3つの概念、

 ――記録の格納

 ――記録の貯蔵

 ――記録の照会

 のいずれについても――

 鍵を握っているのは、

 ――脳内配線の類似性

 といえそうである――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 つまり、

 ――記録の格納

 とは、

 ――“脳内配線の類似性”の生成

 であり、

 ――記録の貯蔵

 とは、

 ――“脳内配線の類似性”の存続

 であり、

 ――記録の搬出

 とは、

 ――“脳内配線の類似性”の照会

 である――

 ということです。

 

 ここでいう、

 ――脳内配線

 とは――

 11月4日や11月5日の『道草日記』で述べた、

 ――脳を成す全ての神経細胞の接続の状態

 とは厳密には異なります。

 

 厳密には、

 ――脳を成す一部の神経細胞の接続の状態

 です。

 

 よって、

 ――脳内配線の類似性

 というときの「脳内配線」は――

 何か別の言葉に置き換えたほうが適切なのですね。

 

 かといって――

 適語は、すぐにはみつかりません。

 

 よって――

 ここでは、ひとまず、

 ――神経配線

 としておきます。

 

 これを受け――

 11月4日や11月5日の『道草日記』で述べた、

 ――脳を成す全ての神経細胞の接続の状態

 という意味の「脳内配線」は、

 ――脳内の全ての神経配線

 に書き換えましょう。

 

 また――

 おととい・きのうの『道草日記』で述べた、

 ――脳を成す一部の神経細胞の接続の状態

 という意味の「脳内配線」は、

 ――神経配線

 に書き換えます。

 

 これを受け、「脳内配線の類似性」は、

 ――神経配線の類似性

 に書き換えます。

 

 よって――

 きょうの『道草日記』の冒頭の記述を、「神経配線」を用い、書き換えますと――

 以下のようになります。

 

 心理的な営為としての、

 ――記憶

 に対応をする生理的な現象として、

 ――記録

 を考えるときに――

 これに関連をする3つの概念、

 ――記録の格納

 ――記録の貯蔵

 ――記録の照会

 のいずれについても――

 鍵を握っているのは、

 ――神経配線の類似性

 といえそうである――

 

 つまり、

 ――記録の格納

 とは、

 ――“神経配線の類似性”の生成

 であり、

 ――記録の貯蔵

 とは、

 ――“神経配線の類似性”の存続

 であり、

 ――記録の搬出

 とは、

 ――“神経配線の類似性”の照会

 である――