マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

“記録”で鍵を握っているのは“脳内配線の類似性”である

 ――記録の格納

 ないし、

 ――記録の生成

 とは、要するに、

 ――“脳内配線の類似性”の生成

 のことである――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 ところで、

 ――記録の格納

 というのは――

 そもそも、どういった概念であったでしょうか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――記憶の格納

 の概念は――

 11月15日の『道草日記』において――

 心理的な営為である、

 ――記憶

 と――

 生理的な現象である、

 ――記録

 との対応を考えていたときに、

 ――記憶

 が、少なくとも3つの要素、

 ――記銘

 ――保持

 ――想起

 に細分化をされうることに着目をした上で――

 それら3つの要素に相当をする概念として、

 ――記録の格納

 ――記録の貯蔵

 ――記録の搬出

 を考えたことに端を発しています。

 

 ――記録の格納

 ――記録の貯蔵

 ――記録の搬出

 というのは比喩表現であり――

 より正確な表現は――

 11月17日の『道草日記』で述べた通り――

 ――記録の生成

 ――記録の存続

 ――記録の照会

 です。

 

 一方――

 

 きのうの『道草日記』で述べた通り――

 ――記録の格納

 ないし、

 ――記録の生成

 は、

 ――“脳内配線の類似性”の生成

 であると考えられます。

 

 この考えに従うのなら、

 ――記録の貯蔵

 ないし、

 ――記録の存続

 および、

 ――記録の搬出

 ないし、

 ――記録の照会

 は、いったい何に相当をするでしょうか。

 

 ……

 

 ……

 

 難しく考える必要はないでしょう。

 

 ――記録の貯蔵

 ないし、

 ――記録の存続

 は、

 ――“脳内配線の類似性”の存続

 であり――

 ――記録の搬出

 ないし、

 ――記録の照会

 は、

 ――“脳内配線の類似性”の照会

 である、と――

 僕は考えます。

 

 つまり、

 ――記録

 に関する3つの概念、

 ――記録の格納

 ――記録の貯蔵

 ――記録の照会

 のいずれについても――

 鍵を握っているのは、

 ――脳内配線の類似性

 といえそうです。