短編物語集『堤(つつみ)中納言物語』の一編、
――虫愛づる姫君
の物語で――
もし、主人公・虫好きの姫が、ある場面までは安全地帯にいて、ある場面からは危険地帯に迷い込むようなら――
展開は俄然スリリングになる――
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
このことは――
実は――
わざわざ僕が指摘をするまでもなく、
――虫愛づる姫君
の作者にも十分にわかっていたと考えられます。
9月21日の『道草日記』で述べているように――
虫好きの姫は、この姫に興味をもった同じ貴族階級の若い男性によって、自分の姿をみられているのです。
平安期の貴族階級の若い女性にとって――
自分の姿を他家の男性にみられることは、スキャンダル以外の何事でもありませんでした。
21世紀序盤の現代に生きている僕らは、
――姿をみられるくらい、なんてことはないだろう。
と、つい思いがちなのですが――
この物語を書いた作者の時代の見方では――
この虫好きの姫は、自分の姿を他家の男性にみられることによって、安全地帯から危険地帯に迷い込んでいるのです。
こうした展開は――
少なくとも作者と同時代の読者や作者にとっての近未来の読者にしてみたら――
大変にスリリングに感じられたことでしょう。
――虫愛づる姫君
の末尾に、
――二の巻にあるべし。
と書き添えられたのは――
物語の展開が俄然スリリングになってきているので――
どうしても、ここで終わらせるわけにはいかなかった――
ということなのかもしれません。
せっかくスリリングな展開にしておきながら、突如として物語に幕を下ろす――
そのようなことは――
古今東西いかなる作者にとっても、できれば、やりたくない演出であるはずです。