マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

複雑性の本質

 ――複雑性(complexity)の本質

 は――

 あるいは、

 少なくとも、

 ――複雑性の本質

 の基本形は――

 

 (指数関数にあるんじゃないか)

 と僕は思っています。

 

 わざわざ、

 ――指数関数

 という言葉を持ち出すことさえ――

 大仰かもしれません。

 

 たんなる、

 ――倍々計算

 で十分です。

 

 そのような計算にも、

 ――複雑性の本質

 の基本形を観てとれる、と――

 僕は思っています。

 

 ――倍々計算

 というのは――

 例えば、

 ―― 1 粒の米を、 1 日目に倍の 2 粒で受け取り、2 日目は、さらに倍の 4 粒で受け取り、3 日目は、さらに倍の 8 粒で受け取る。これを 100 日目まで続けて受け取ると、最終的には何粒を受け取るか。

 という計算です。

 

 織豊期に、

 ――曽呂利(そろり)新左衛門(しんざえもん)

 という人物がいて――

 あの豊臣秀吉に御伽衆(おとぎしゅう)として仕えていたといわれます。

 

 ――御伽衆

 というのは、当時の有力な戦国大名などに仕え、専ら話し相手を務めることを職務としていた者たちを指します。

 

 曽呂利新左衛門は、頓智に優れ、自身の話術で聞く者を大いに笑わせたそうです。

 バカ話で貴人を楽しませるだけでなく、茶道や香道、歌道に通じ、落語家の始祖ともいわれ、一流の教養人であったと目されていますが、実在を怪しむ向きもあります。

 

 その曽呂利新左衛門が、豊臣秀吉から、

 「そちに褒美を取らせる。何なりと申してみよ」

 と、いいつけられ、

 「されば、米を 1 粒――」

 と答えたそうです。

 

 「なに? 米を 1 粒とな?」

 豊臣秀吉は冗談と介し、大いに笑ったでしょう。

 曽呂利新左衛門は真顔で付け加えます。

 「ただし、明日は 2 粒、明後日は 4 粒として頂き、これを 100 日ばかり続けて頂きとうござりまする」

 

 「よいよい――それくらいの米なれば好きに取らせてつかわす」

 「はい、まことに、ありがたき幸せにござります」

 「新左衛門、そちは欲がないのぉ」

 「さて、いかがでございましょうか」

 

 ……

 

 ……

 

 今日の高校数学の等比数列の知識を用いれば――

 曽呂利新左衛門が手にする米の粒数は、

  1 + 2 + 2^2 + 2^3 + …… + 2^100

  = 2^101 - 1

 です。

 

 米 1 俵を約 300 万粒とし、米 1 石を約 3 俵とすると――

 米 1 石は約 1,000 万粒です。

 

  1,000 万 = 10^7

 であることから――

 米 1 石の粒数は、およそ、10 の 7 乗です。

 

 一方、

  2^10 ≒ 10^3

 であり、

  2^101 - 1 ≒ 10^30

 であることから――

 曽呂利新左衛門が手にする米の石数は 10 の 23 乗 となります。

 

 当時の成人男性の米の 1 年分の消費量が 1 石とみなされていましたから――

 10 の 23 乗 という石数は、とんでもない量です。

 

 その桁数は、今日の高校化学で学ぶアボガドロ定数(Avogadro constant)と同じです。

 

 例えば――

 水 18 グラムに含まれる水分子の数がアボガドロ定数です。

 

 いかに天下人・豊臣秀吉といえども――

 決して用立てのできない量の米でした。