マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

人の思考や発言の速さ・遅さ

 ――気分

 は、自然知能にとっての、

 ――コンピュータ(computer)のクロック周波数(clock frequency)

 のような概念ではないか――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 つまり――

 気分が浮き上がって、喜気(きき)に富んでいるときには、“自然知能のクロック周波数”は上がっていて――

 気分が沈み込んで、愁気(しゅうき)に富んでいるときには、“自然知能のクロック周波数”が下がっているのではないか――

 ということです。

 

 この仮説の根拠は――

 精神医療の現場で得られる知見です。

 

 一般に――

 気分が病的に浮き上がっている状態――喜気が過剰な状態――躁状態――では、人の思考や発言は有意に速くなります。

 

 また――

 気分が病的に沈み込んでいる状態――愁気が過剰な状態――抑うつ状態――では、人の思考や発言は有意に遅くなります。

 

 こうした変化は――

 ある程度の量の実体験を踏まえないと、なかなかわからないくらいの変化なのですが――

 少なくとも十分な経験を積んでいる精神医療従事者にとっては、ほんの数秒くらいでわかってしまうくらいの顕著な変化なのです。

 

 このような変化は――

 とくに病的な気分の浮き沈みに限った話ではありません。

 

 人の思考や発言は、一般に――

 気分が上がっているときには速くなり――

 気分が下がっているときには遅くなる――

 

 少なくとも今の僕は――

 そのように捉えています。

 

 ……

 

 ……

 

 精神医療の現場に出て 20 年くらいになります。

 

 最初の 5~6 年は――

 正直なところ――

 人の思考や発言の速さ・遅さというものが、よくわかりませんでした。

 

 現場に出て 7 年くらい経った頃から、ようやく、わかるようになりまして――

 

 10 年以上が経つと、明瞭にわかるようになりました。

 

 たしかに――

 人の思考や発言というものは、速くなったり遅くなったりするのです。

 

 人は――

 気分が上がっているときには、打てば響くような速さで、結論を導き出し、言葉を繰り出します。

 

 また――

 気分が沈んでいるときには、二進も三進もいかない遅さで、結論を出し渋り、言葉を出し損ねます。

 

 その印象は――

 心の病気を患っている人たちを見聞きしていても、そうですし――

 心の病気を患っていない人たちを見聞きしていても、そうなのです。

 

 また――

 自分自身の思考や発言を振り返ってみても、やはり、同じ印象なのですね。