本能寺(ほんのうじ)の変の折――
明智(あけち)勢の先鋒が討ち入った際に――
織田(おだ)信長(のぶなが)と、その小姓・森(もり)成利(なりとし)との間で交わされた会話が――
以下のようであったとすると――
「こは謀反(むほん)か。いかなる者の企てぞ。さては城之介(じょうのすけ)が別心(べつしん)か」
「明智が者と見え申し候(そうろう)」
「……」
「……」
「是非に及ばず」
この会話が――
今日、以下のように伝わっているのは――
なぜなのか。
「こは謀反か。いかなる者の企てぞ」
「明智が者と見え申し候」
「是非に及ばず」
……
……
つまり――
――城之介が別心――
の件(くだり)が伝わっていないのは――
なぜのか――
……
……
様々なことが考えられる。
が――
おそらく、
――城之介が別心――
の件を故意に伝えなかった者がいるためだ。
それは誰なのか。
……
……
信長と成利との会話は――
信長の傍近くに伝えていた侍女が伝えたとされている。
おそらくは――
この侍女が敢えて黙して語らなかった。
己の主人の痛ましくも苛烈な敗死に際し――
その主人が自身の嫡子の忠孝を疑った――
その事実を――
この侍女は、後世に――というよりは、同時代の世間に――伝えることが忍びなかったのではないか。
……
……
この侍女は――
あるいは――
信長の今生最後の褥(しとね)を共にしていたかもしれぬ。
『随に――』