マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

本能寺(8)

 本能寺(ほんのうじ)の変の折――

 明智(あけち)勢の先鋒が討ち入った際に――

 織田(おだ)信長(のぶなが)と、その小姓・森(もり)成利(なりとし)との間で交わされた会話が――

 以下のようであったとすると――

 

 「こは謀反(むほん)か。いかなる者の企てぞ。さては城之介(じょうのすけ)が別心(べつしん)か」

 「明智が者と見え申し候(そうろう)」

 「……」

 「……」

 「是非に及ばず」

 

 この会話が――

 今日、以下のように伝わっているのは――

 なぜなのか。

 

 「こは謀反か。いかなる者の企てぞ」

 「明智が者と見え申し候」

 「是非に及ばず」

 

 ……

 

 ……

 

 つまり――

 

 ――城之介が別心――

 の件(くだり)が伝わっていないのは――

 なぜのか――

 

 ……

 

 ……

 

 様々なことが考えられる。

 

 が――

 おそらく、

 ――城之介が別心――

 の件を故意に伝えなかった者がいるためだ。

 

 それは誰なのか。

 

 ……

 

 ……

 

 信長と成利との会話は――

 信長の傍近くに伝えていた侍女が伝えたとされている。

 

 おそらくは――

 この侍女が敢えて黙して語らなかった。

 

 己の主人の痛ましくも苛烈な敗死に際し――

 その主人が自身の嫡子の忠孝を疑った――

 その事実を――

 この侍女は、後世に――というよりは、同時代の世間に――伝えることが忍びなかったのではないか。

 

 ……

 

 ……

 

 この侍女は――

 あるいは――

 信長の今生最後の褥(しとね)を共にしていたかもしれぬ。

 

 『随に――』