マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

本能寺(3)

 織田(おだ)信長(のぶなが)と、その小姓・森(もり)成利(なりとし)とが、本能寺(ほんのうじ)で交わしたとされる会話には――

 異説が伝わる。

 

 それによれば――

 信長は、寄せ手の来襲を察したとき――

 次のように問うた。

 

 ――城之介(じょうのすけ)が別心(べつしん)か。

 

 これに成利が応えた。

 

 ――明智(あけち)が別心と見え申――

 

 ……

 

 ……

 

 ――城之介

 とは官職の一つで――

 ここでは信長の嫡子・織田信忠のぶただ)を指す。

 

 ――別心

 とは「謀叛」のこと――

 

 つまり――

 信長は、寄せ手の来襲を察したとき――

 真っ先に自分の息子の反逆を疑った。

 

 なぜ息子を疑ったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 この異説の出処は、

 ――三河(みかわ)物語

 という。

 

 江戸初期、旗本の大久保(おおくぼ)忠教(ただたか)が著した。

 

 ――旗本

 であるから――

 徳川(とくがわ)将軍家の直臣である。

 

 つまり――

 この物語は徳川家の史観に基づく。

 

 よって――

 史料としての正確性は期待をできぬ。

 

 その異説の会話、

 ――城之介が別心か。

 ――明智が別心と見え申――

 は――

 あくまでも数十年後の伝聞として描かれる。

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 信長は、明智勢の急襲の前夜――

 信忠と会っていたという。

 

 その席で何かあったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 親子で口論をしたのかもしれぬ。

 

 あるいは――

 父が息子を一方的に詰ったか――

 

 あるいは――

 息子が父に諫言を入れたか――

 

 ……

 

 ……

 

 真偽はわからぬ。

 

 が――

 このとき――

 信長は、少なくとも息子が自身へ兵を差し向ける危険性を感じとった――

 

 少なくとも後世の多くの人たちは――

 その危険性を感じとった――

 

 それゆえに――

 この異説が今日へ伝わった――

 

 そう、考えることはできる。

 

 『随に――』