マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

戦国のうつけ

 織田(おだ)信長(のぶなが)の生涯は、本能寺(ほんのうじ)に詰まっている。

 

 その最期の本能寺を取り巻く状況をみれば――

 信長の生涯がわかる。

 

 信長は、

 ――乱世の奸雄(かんゆう)

 ではあるかもしれぬ。

 

 が、

 ――治世の能臣(のうしん)

 ではない。

 

 ――治世の能臣

 であれば――

 明智(あけち)勢の急襲を受けた時に、

 ――城之介(じょうのすけ)が別心(べつしん)か。

 などと口走ったりはせぬし――

 斎藤(さいとう)利光(としみつ)に不用意に、

 ――切腹

 を命じ、周囲の執り成しで撤回をしたりもせぬ。

 

 ――治世の能臣

 でないのなら――

 

 ――乱世の奸雄

 でもないのかもしれぬ。

 

 信長は、世の中の既成の事物を壊すのに長けていた。

 世間の常識に囚われなかったからである。

 

 が――

 新規の事物を造るのには苦しんだ。

 

 世間の常識を折り合えなかったからである。

 

 そのことを――

 同時代人は、よく判(わか)っていた。

 

 ゆえに――

 彼らは信長を、

 ――うつけ

 と呼んだ。

 

 ――うつけ

 とは、

 ――中身がない。

 くらいの意である。

 

 そこから転じ、

 ――愚鈍な者

 とか、

 ――非常識の者

 とかいった意味が生じたらしい。

 

 信長は、明らかに、

 ――愚鈍

 ではない。

 

 ――非常識

 である。

 

 が――

 

 ――愚鈍

 にみえはする。

 

 本能寺に詰まった信長の生涯は――

 彼の愚かなところや鈍いところを余すところなく伝えている。

 

 彼も人の子である。

 

 ……

 

 ……

 

 信長は、

 ――乱世の奸雄

 でも、

 ――治世の能臣

 でもなかった。

 

 ――戦国のうつけ

 であった。

 

 ――戦国の世

 に在って、

 ――うつけ

 であったので――

 

 戦国時代を終わらせようとした。

 

 実際に――

 終わらせかけた。

 

 うつけでなければ――

 できぬことである。

 

 『随に――』