マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

本能寺(9)

 本能寺(ほんのうじ)の変には――

 もう一つ触れるべき謎がある。

 

 それは――

 

 ――なぜ織田(おだ)信忠(のぶただ)は脱出を試みなかったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 明智(あけち)勢の先鋒が本能寺を囲んだ時――

 父・織田信長(のぶなが)には、おそらく、万に一つも脱出の可能性はなかった。

 

 が――

 信忠は違う。

 

 彼は本能寺にはいなかった。

 近くの別の大寺にいた。

 

 むろん――

 明智勢の組織としての高機動性と、その司令官・明智光秀(みつひで)の性格や能力とを踏まえれば――

 簡単に逃げ切れるとは思わなかったろうが――

 

 信長に比べれば――

 脱出の可能性は高かった。

 

 それなのに――

 信忠は脱出を試みぬ。

 

 いったん父の救出を目論み――

 それが不可能と悟ると――

 1,000 から 1,500 の手勢を搔き集め、二条(にじょう)新御所(しんごしょ)の館に籠った。

 

 明智勢の精鋭 13.000 に対し、寄せ集めの 1,000 ~ 1,500 ――

 

 万に一つも勝ち目はなかった。

 

 ……

 

 ……

 

 なぜ信忠は逃れなかったのか。

 

 ――落ち武者狩りに遭い、後世に恥を晒すのを恐れた。

 と伝わる。

 

 それはわかる。

 

 が――

 本当に、それだけか。

 

 ……

 

 ……

 

 ここで――

 今一度、本能寺の変の前夜である。

 

 信忠は、少なくとも2つの諫言を父に入れたと考えられる。

 

 軍の最高指揮権に関わることと――

 朝廷が司っていた暦(こよみ)に関わることと――

 

 ……

 

 ……

 

 実は――

 これら諫言は、表層の一角に過ぎぬ――

 

 その真意は別にあった――

 

 そう考えてはどうか。

 

 ……

 

 ……

 

 その真意とは?

 

 ……

 

 ……

 

 ――これでは、いずれ人心は織田家を離れましょう。

 

 それが真意ではなかったか。

 

 軍の指揮系統を掻き乱し――

 決着の改暦論を蒸し返す――

 

 このような失態・醜態が続けば――

 人は嫌気を覚える。

 

 ……

 

 ……

 

 ――父は真に天下人の器たりや。

 

 その疑念が――

 信忠を敗死へ追いやった――

 

 ……

 

 ……

 

 真相はわからぬ。

 

 が――

 

 その疑念は――

 諦観へ通じた――

 

 ――しばし生き永らえたとて、天下の趨勢、はや決したり。

 

 明智勢は織田軍の中核の一翼であった。

 

 その反逆に遭った織田宗家に――

 もはや求心力は残るまい。

 

 『随に――』