マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

本能寺(11)

 明智(あけち)光秀(みつひで)が、本能寺(ほんのうじ)で織田(おだ)信長(のぶなが)を討ったのは、

 ――我が主、天下人の器にあらず。

 の義憤に基づく直観による――

 と見做(な)すと――

 

 その後の、

 ――三日天下

 が、よくわかる。

 

 この「三日天下」の「三日」は、「三日坊主」の「三日」であり――

 実際に、本能寺の変の後3 日で光秀が敗死をしたわけではない。

 

 が――

 その敗死までの期間は僅かに 10 日ほどだった。

 

 ――三日天下

 の揶揄は的を射ている。

 

 光秀は、信長を討ち取るまで、果敢かつ緻密に動いた。

 

 が、討ち取ってからは――

 精彩を欠いた。

 

 やること為すことの多くが後手を踏んだ。

 

 なぜか。

 

 それは、

 ――討ち取るまでは、義憤に駆られ、無心であり、討ち取ってからは、迷妄に惑い、私心が生じたから――

 である。

 

 ――信長の首を挙げることこそ、天下万民のため――

 と光秀は確信をしていたろう。

 

 が――

 いざ信長の首級を挙げてみて――

 

 ――はて……。

 と躊躇を覚えた。

 

 ――誰が、これに取って代わるべきか。

 

 ……

 

 ……

 

 むろん――

 自分が取って代わるべき、と――

 光秀は思っていたはずである。

 

 が――

 

 ――真に、この光秀でよいのか。

 

 迷いが生じた――

 

 信長が天下人の器でなかったことは疑わぬ――

 

 が――

 それは自分も同じではないか――

 

 ……

 

 ……

 

 光秀は――

 信長を討ち取るまでは無我夢中であった。

 

 討ち取ってからは明哲保身たらんとした。

 

 ――我の他に、真に天下人たるは無しや。

 

 その私心が――

 光秀を、

 ――三日天下

 で終わらせた――

 

 天下を望むには、身の程を弁え過ぎていた――

 ともいえる。

 

 『随に――』