予備校生だった頃――
ある先生が、いった。
――「こんなことを訊いたらバカにされるんじゃないか?」などとは思わないことだ。たいていの質問は、他の人にとっては、バカにしたくなる質問だ。
と――
もちろん、人を唸(うな)らせる質問もないではないが――
そんなものは稀である。
世の中の大半の質問は、ある人にとっては、バカげているものだ。
18歳で、そうきいて、
(なるほど!)
と思った。
以来、周囲に憚(はばか)ることなく、バカげた質問を浴びせ続けている。
それで失敗したことは数しれぬ。
が――
損だけではなかった。得もした。
僕と同じようにバカげた質問を浴びせ続けている人がいると――
なんだか心地がよいのである。
心地がよいだけではない。
そういう人と、ときに時間を気にせずに話し合ってみたりすると――
しばしば、独創的なアイディアの生まれることがある。
そういう体験は、以後、何物にも代え難い財産となった。
僕が不思議に思うのは――
こうした独創性の源泉ともいえる教示が、なぜか予備校でなされ――
大学では、ほとんど、なされなかったということだ。
なぜなのか?
大学の先生は、忙しすぎる。
皆、雑務に追われ、学生が終生、胸に秘めたくなるような教示をなすゆとりなど、ないらしい。
悲しいことに――
むしろ、この国の大学は、学生を積極的にバカにするところであるようだ。
バカにされた学生は、教員をバカにする。
当然だ。
負の連鎖は、どこかで断ち切らねばならぬ。
個人的には――
かかる連鎖は、「親方日の丸」大学が幅をきかせている限り、断ち切れぬと思う。
「親方日の丸」大学とは、国税が投入される大学をさす。
先頃――
安倍首相の諮問機関が「塾の禁止」を訴えようとしたらしい。
かかる妄言を喚(わめ)くなら――
――「親方日の丸」大学の全廃――
を喚いてもよい。