インターネット・スクールというものが、お目見えするようです。
アメリカでのことです。
日本の現状は知りません。
が、アメリカでは、そんな学校が既に登場しはじめているそうですよ。
先生はTVカメラに向かって授業をし、生徒は家にいたままで授業がきける――というヤツですね。
もちろん、現状では色々な問題点が残っていますが、将来、インターネットの情報伝達の効率が格段に進歩すれば、
――とくに支障はなくなるだろう。
という見方が支配的なようです。
仙台に滞在中のアメリカ人が教えてくれました。
(ちょっとアメリカらしくないな)
と感じます。
対話を重視するとされるアメリカの教育界には、なじまないようにも思えたのです。
が、
――時間を節約するために
というのがスローガンのようです。
たしかに、生徒にしてみれば、通学の時間は省けますね。
学校といっても、日本の短期大学に相当する学校のようです。
おそらく「生徒」という感じではありません。ほとんどは社会人でしょう。
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教育が単なる情報伝達であるならば、インターネット・スクールで構わないでしょう。
事実、日本の大学入試の予備校では、衛星放送を用いた講義が珍しくありません。
受験生はTVの画面ごしに講義をきき、疑問点は傍にいる別の講師に質問するという形式です。
が、そんな講義を担当する講師の気持ちは、どんなでしょうか。
僕ならイヤですね。
やりがいを探すのが難しいと感じます。
教育とは人付き合いの一形式だと考えています。
一方通行の人付き合いがナンセンスなように、一方通行の教育もナンセンスだと思っています。
アメリカのインターネット・スクールでは、生徒からの質疑をリアルタイムで受けられるようにするそうですが――
さて、どれくらい中身のある質疑応答になるでしょうか。
少なくとも、TV画面に向かって微妙な質問をする気には、ならないと思います。
が、その「微妙な質問」こそが教育の根幹でしょう。
「微妙な質問」というのは、教科書を読んだだけでは解決しない質問のことです。