マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

『覆面作家企画3“冬”』Dブロック(後半)の感想

「前半」に続いて「後半」です。

  覆面作家企画3“冬”
  http://fukumennkikaku.web.fc2.com/3/index2.htm

覆面作家企画』については、2008年2月1日の『道草日記』を御覧下さい。

     *

D7 そらをみた人魚姫

 意外に政治色が濃い物語で、意表をつかれました。
 人魚&政治という組み合わせが面白いですね。

 この作品をよんで、20世紀初頭のアメリカの禁酒法のことを思い出しました。
 この法律は、主に宗教的な理由から酒の製造や販売などを禁じたものですが、抜け道が多く、実効性に乏しかったために、かえって社会不安が強まり、10年ほどで廃止されたそうです。悪法の典型といってよいでしょう。
「海の上に出てはならない」という人魚の世界の禁令も、たぶん、そうした悪法だったのでしょうね。
 それを廃止しようと考えた主人公は、政治家としてのセンスやカリスマを備えていたのだと思います。


D8 灼けた空に手を伸ばす

 この作品を書いた方は男性でしょうか、それとも女性でしょうか。
 最初は女性だと思ったのですね。囚われの女を前にしての男の心情描写がかなり淡白だったので――(笑
 が、ラストの場面をみて、単に男性の作者様が抑え気味に書いただけなのかもしれない、と思いました。

 文章がスムーズです。それでいて、軽くない。
 確かな筆致から、場面の静けさが伝わってきます。


D9 ボクの赤い手

 真理ちゃんは、ホントに天使のような女の子ですね。
 かなちゃんが人間臭いぶん(笑)ずいぶんと際立っています。

 子供口調の柔らかい文体から、女性の作者様も想像できますが、おそらく、男性の方がお書きになったのではないでしょうか。
 女性だと、真理ちゃんのことを、ここまでピュアには描かないような気がします。


D10 ハンガー・ストライキ
 この「わたし」は女性なのでしょうか、それとも男性なのでしょうか。
「スカートについた砂をはたいて――」の記述を考えれば、女性ととるのが自然ですが、「わたし」の言葉使いや思索の流れ方などが、どことなく男性っぽいのですね。
(もしかして男性かも――)
 と疑いながら読んでみると、かなり味わいが変わってきます。

 もし、本当に男性だとしたら、「わたし」は自分が男であることに違和感を覚えているのでしょう。
 なので、とりあえずは女性として生きている――けれども、男性的なところも残っていて、ずっと、どっち付かずで苦しんでいる――そんな葛藤が、地の文の節々から伝わってきます。


D11 獣王の目

 冒頭のシーンが印象に残ります。
 かなり映像を意識して書かれたのではないでしょうか。
 これから重厚なファンタシーが紡がれていく予感を漂わせています。


D12 空の君

「私」の言動に、なぜか深く共感できたのですよね。
 僕(マル太)は男性で、「私」は女性ですから、もう少し違和感を覚えてもよさそうなものなのに、なぜか、しっくりとくるのです。
 最後の場面の痛々しさも、ちょっと他人ごとには思えない(笑
 僕に女性的なところがあるのか、それとも「私」に男性的なところがあるのか(笑