歌は人の気持ちを伝えます。
それは、誰もが納得する経験的事実でしょう。
が――
なぜ歌が人の気持ちを伝えられるのかは、意外に説明が難しいのです。
歌には歌詞という名の言葉が添えられています。
言葉は、人の気持ちのある部分を端的に表すことができます。
その「ある部分」とは「本人によって意識されうる部分」です。
「本人によって意識されうる部分」の多くは、言葉から成り立っています。
人の気持ちのある部分が本人によって意識される瞬間に、その部分は言葉となって顕現化します。
ですから――
人の気持ちのある部分を言葉が端的に表しうるのは、きわめて自然なことなのです。
が――
その「本人によって意識されうる部分」というのは、実は、それほど大きくはないのですね。
人の気持ちの大部分は、意識されえない部分です。
この「意識されえない部分」こそが、おそらくは人の気持ちの中心であり――
人が歌によって伝えようとする部分です。
「本人によって意識されうる部分」の構成要素である言葉――
この歌詞という言葉によって、なぜ「意識されえない部分」が伝えられるのか――
その説明は、簡単ではありません。
――歌は人の気持ちを伝える。
と述懐するのは、たやすいことですが――
その不思議をかみしめない限り、その述懐の重さは感知できません。