昨今、
――おカネを上手に貯めるには?
といった主旨のハウツー本を――
よくみかけます。
そうした本を読んでいると――
時代劇や落語などで、登場人物が、
――ってやんでぇ! こちとら江戸っ子だぁ! 宵越しの銭は持たねぇや!
と啖呵を切るシーンが――
何だか虚しく感じられます。
一般に、「宵越しの銭は持たない」は、“江戸っ子気質”の美徳として語られています。
が――
「おカネを上手に貯めるには?」の貯蓄ハウツー本を読んでいると――
それは、「美徳」どころか、
――とんでもない悪徳
なのです。
ですから――
貯蓄ハウツー本を読んだあとで――
その内容を真に受けてしまい――
(「宵越しの銭は持たない」だなんて、なんと無責任な言葉か!)
と、ある意味、本気で蔑んでいたのですが――
……
……
(どうも、そうではないらしい)
ということを――
きょう、知りました。
*
近世、江戸の町に住んでいた人々が、「宵越しの銭は持たない」を美徳としていたことには――
それなりの合理性があったといいます。
一つは、江戸の町の住まいは、多くが不用心な構造であったということ――
ほとんどの建物は木や紙だけで作られていて、簡単なことで泥棒に入られていた――
頑張って貯蓄をしていても、盗られてしまったら何の意味もありません。
もちろん――
今日でいう銀行のような金融機関は存在していませんでした。
もう一つは、江戸の町では大規模な火事が頻発していたということ――
多い時期には、半年に1回のペースで町中が焼け野原になっていたとか――
ひとたび町のどこかで火事が出てしまったら、町中に延焼する可能性がありました。
江戸の町は木や紙だけで作られていた建物が密集していて――
火事の前には、ひとたまりもなかったのですね。
そんな町で暮らしていれば、たしかに貯蓄の意義は見出しにくかったでしょう。
だからこそ、「宵越しの銭は持たない」が合理的な意志となりえたのです。
そのように考えていくと、
――宵越しの銭は持たねぇや!
という時代劇や落語の台詞にも味わいが出てきます。
その言葉は――
半年に1回のペースで町中が焼け野原になっていく現実を必死で受け止めた結果であったわけです。