マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

真に美しいものをみたいなら

 ――真に美しいものは、人の想像のなかにしかない。

 という考え方があります。

 きのうまでの『道草日記』で触れてきた、

 ――見えそうで見えないものの美しさが、見えないことによって、人の想像力が刺激され、それによって生起される。

 という考え方も――
 根は同じです。

 よって、

 ――真に美しいものをみたいなら、目を閉じよ。

 という話になるのです。

(たしかに、そうだよな~)
 と――

 以前の僕は――
 この考え方に半ば傾倒していたのですが――

 ……

 ……

 でも――

 今の僕は――
 この考え方では、美しさの一面しか扱えないと思うのです。

 主観的な美しさ――「美しい」という感覚のプライベートな部分――
 それしか、扱えない、と――

 ……

 ……

 主観的な美しさは――
 基本的には、自分だけにとっての美しさですから――

 それを他者と共有し、吟味し、評論することはできません。

 いわば美しさを介したコミュニケーションが欠落するのです。

 もちろん――
 それでも、美しさを味わうことはできます。

 が――
 たぶん、それは――
 そんなに豊かな味わいではないでしょう。

 ……

 ……

 美しさは――
 想像のなかに密閉するではなく――
 現実のなかに顕現させる――

 それでこそ――
 美しさは、豊かな味わいとなるのです。