マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

痴話ゲンカの焦点はハッキリするはず

 ――恋愛小説は、数学のようなものであり、実際の恋愛は、自然である。

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 この喩えは、

 (けっこう悪くない)

 と思っています。

 

 以下――

 半分は冗談です。

 

 例えば、物理学などでは――

 自然の振る舞いを数学で表します。

 

 それと同じように――

 例えば、誰か異性と知り合って交際が始まったときに、自分たちの恋愛の進展具合を恋愛小説で表すことは、それなりに意味のあることです――少なくとも、自分たちが置かれている状況を冷静に認識し、共有する上では、かなり意義深いといえます。

 ――今の僕たちは、あの恋愛小説の、あの場面にそっくりだよね。

 といい、

 ――たしかに、その通りね。

 となる――

 

 もちろん――

 必ずしも、そうした会話が円満に終わるわけではなくて、

 ――ちょっと、あなた、何をいってんの? そんなわけないじゃない!

 と、痴話ゲンカになる可能性も、ないではありませんが――(笑

 

 少なくとも、恋愛小説の場面を引き合いに出し、自分たちの状況を言葉で明示してみることで、少なくとも誤解は生じにくくなるでしょう。

 同じ痴話ゲンカになるにしても、ケンカの焦点はハッキリするはずです。

 

 それは――

 例えば、科学史上、物理学に数学が持ち込まれたことで、論争の焦点がハッキリしてきたのと、同じです。