マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「過去のヒット・ナンバーへの返歌」という外連

 2020年の東京オリンピックパラリンピックの応援歌である、

 ――パプリカ

 は、東日本大震災の復興支援のために作られた歌である、

 ――花は咲く

 に対する返歌ではないか――

 との解釈があることについて、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 一方――

 3月31日の『道草日記』で、僕は、

 ――『花は咲く』は「亡くなった人に語らせる」の外連(けれん)である。

 と述べました。

 

 ――亡くなった人に語らせる。

 の外連への返しですから――

 同じように、

 ――亡くなった人に語らせる。

 の外連を用いてもよかったかもしれません。

 

 が、

 ――パプリカ

 では、

 ――まだ生きている人に語らせる。

 という手法――どちらかといえば、画一的な手法――が用いられています。

 

 これは、どういうわけか――

 

 ……

 

 ……

 

 この辺りのことは――

 おそらく、

 ――創作のバランス

 の問題です。

 

 仮に、

 ――パプリカ

 が、本当に、

 ――花は咲く

 への返歌であるとしたら――

 むしろ、『花は咲く』と同じ外連――つまり、

 ――亡くなっている人に語らせる。

 の外連――は絶対に避けた方がよいのです。

 

 実は、

 ――過去のヒット・ナンバーへの返歌

 という手法それ自体が外連なのですね。

 

 よって――

 その外連に、さらに、

 ――亡くなっている人に語らせる。

 の外連を継ぎ足せば、ほぼ間違いなく、

 ――創作のバランス

 は損なわれます。

 

 外連も、目立ちすぎてはいけないのです。

 

 ちなみに――

 

 ……

 

 ……

 

 先ほど、

 ――仮に『パプリカ』が本当に『花は咲く』への返歌であるとしたら――

 と述べました。

 

 もし、本当に返歌であるとしたら――

 それは、なかなか公にはされないでしょう。

 

 ――過去のヒット・ナンバーへの返歌

 という外連は――

 その真意が秘められることで初めて――

 聴く者に奥行きを感じさせるのです。