マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「ヒトの性質の最大の特徴は“好戦性”にある」といえるか

 ――ヒトらしい知性

 には、

 ――外向的な要素

 が多く含まれる――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 この、

 ――“ヒトらしい知性”の“外向的な要素”

 の存在は――

 実は、かなり厄介です。

 

 この要素は――

 正に作用をするときは、

 ――融和・協調

 となって、大変に友好的であるのですが――

 負に作用をするときは、

 ――挑戦・攻撃

 となって、大変に敵対的であるのですね。

 

 僕は、20代以降――

 ヒトの性質の最大の特徴は、長らく、

 ――好戦性

 にあると思ってきました。

 

 40代の今も――

 そう思っています。

 

 が、

 ――ヒト

 の性質を、

 ――好戦性

 という観点だけで読み解こうとする試みに無理があることは――

 当時から、何となく、わかっていました。

 

 他者に挑戦をしたり攻撃をしたりすることだけがヒトの活動ではありません。

 他者と融和をしたり協調をしたりすることも、しばしば、あります。

 

 が――

 他者と融和をしたり協調をしたりするだけがヒトの活動でないことも、また、事実です。

 

 ――好戦性

 あるいは、

 ――挑戦・攻撃

 に着目をしすぎると――

 おそらくは、間違えます。

 

 ヒトは――

 その知性に、

 ――外向的な要素

 を多く抱えていて――

 それゆえに――

 自分たちの生態の外部に向かって、ときに挑戦をしたり攻撃をしたりするのです。

 

 ヒト以外の知的生命体は――

 おそらく、そうではありません。

 

(挑戦も攻撃も殆どしていないのではないか)

 と、僕は思っています。

 

 例えば、オランウータンやイルカが、ヒトのように、自分たちの生態の外部に向かって、ときに挑戦をしたり、攻撃をしたりすることは――

 ちょっと想像をしにくい――

 

 ……

 

 ……

 

 これは、どういうことかというと――

 

 オランウータンやイルカは――

 少なくとも、ヒトと比べたら――

 その知性に、

 ――外向的な要素

 が殆ど含まれていないために、

 ――挑戦・攻撃

 だけでなく、

 ――融和・協調

 さえも、殆ど試みていないのではないか――

 ということです。

 

 実態は――

 おそらく――

 これよりも、ずっと複雑でしょうが――

 

 少なくとも、

(そのように説明をするのがよい)

 と、僕は思っています。