マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

なんとか戦争を避けることはできなかったのか

 ――ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキーさんは、組織のトップとしての誠実さと有能さとを兼ね備えている。

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 その点については――

 本当に、

 (申し分ない)

 と思うのですが――

 

 ……

 

 ……

 

 (なんとか戦争を避けることはできなかったのか)

 とも思います。

 

 ――戦争

 というのは、

 ――何らかの外交上の目的を達するために、軍事力の行使を行うこと

 といいかえられます。

 が、

 ――軍事力の行使

 というのは、結局は、

 ――人々が殺し合いこと

 に他なりません。

 

 ――「政治」とは「社会の利害調整」である。

 という命題を前提に据えるならば――

 

 ――人々が殺し合うこと

 というのは――

 少なくとも21世紀序盤の現代においては、

 ――政治的な解決策

 としては、

 ――下の下

 です。

 

 ……

 

 ……

 

 今回のロシア政府によるウクライナ侵攻は――

 もちろん、先に仕かけたロシア政府に第一の責任があるといえます。

 

 戦争を起こしたのはロシア政府であって――

 ウクライナ政府ではありません。

 

 ――ウクライナ政府はロシア政府に戦争を起こされてしまっただけ――

 ともいえます。

 

 が――

 かといって――

 ウクライナ政府に全く責任がなかったかといえば――

 そうではないでしょう。

 

 ウクライナ政府は、ロシア政府が無謀な暴挙に出る危険性も織り込んで対応をする必要がありました。

 そうした対応こそが、外交であり、政治であるからです。

 

 が――

 ウクライナ政府は、その対応に失敗をしました――つまり、外交や政治に失敗をした――

 

 この失敗の原因を――

 元喜劇役者のゼレンスキーさんの政治経験の浅さに求める人たちが少なからずいますが、

(それは、たぶん違う)

 と、僕は思っています。

 

 古代・中世の封建国家なら、いざ知らず――

 近代・現代の民主国家では、国家元首が一人で物事を勝手に進めることなど、できるはずがありません。

 

 つまり――

 ウクライナ政府の失敗は、ゼレンスキーさん個人の失敗とはいえず――

 おそらくは、ウクライナ政府の首脳部の構成員たちの失敗であり――また、それら首脳部の構成員たちに情報分析の結果をもたらしてきた外交官や高級将校たちの多くの失敗であったはずです。

 

 それら失敗の責任を、組織のトップとして、一身に背負ってみせたのが、今回のゼレンスキーさんであったわけで―― 

 その態度は、組織のトップとしては、まことに清々しいのですが――

 そのゼレンスキーさんも失敗をした一人であったという点は、どうにも否定のしようがありません。

 

 組織のトップとして申し分のない才知・才覚を備えていらしたゼレンスキーさんでも――

 決して全知全能ではなかった、ということです。