マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

好きなことを「やりたいこと」にするのなら――

 ――自分の好きなこと

 ではないことを、

 ――自分がやりたいこと

 と、みなすには――

 そのようにみなす理由が何かを十分に深く考えなければならない――

 と、きのう、のべました。

 

 反対に、

 ――自分の好きなこと

 を、

 ――自分がやりたいこと

 と、みなすには――

 そんなに深く考える必要はありません。

 

 あれこれ考える前に――

 やってしまったらよい――

 

 例えば――

 小学校のころから体を動かすのが大好きで――

 大人になったら体操(たいそう)の選手か、水泳の選手になろうと思っていたのなら――

 あまり深く考えずに、体操の選手か、水泳の選手になってしまってもよい――

 ということです。

 

 体操や水泳の選手になるのは、なかなかに大変なので――

 正しくは、

 ――体操の選手か、水泳の選手になろうとしてしまってもよい。

 というのが、よいのでしょう。

 

 体操や水泳を仕事にしている人たちは――

 例えば、看護(かんご)を仕事にしている人たちよりも――

 はるかに少ないのです。

 

 そして――

 体操や水泳の選手になるには、きびしい競争を勝ちぬかなければなりません。

 

 なりたいと思う人は、たくさんいるのです。

 

 ですから――

 体操のや水泳の選手になろうとしても、必ずなれるとはかぎりません。

 

 たぶん、なれる人より、なれない人のほうが、ずっと多い――

 

 とはいえ――

 

 たとえ、なれなくても、とくに問題はないのです。

 

 心の底から、

 ――なりたい!

 と思い――

 いっしょうけんめいに努力をして―― 

 その結果、なれなかったとしたら――

 その、

 ――いっしょうけんめいに努力をした。

 という事実は――

 あなたにとって、とても価値のある経験(けいけん)となります。

 

 その経験は――

 その後のあなたの人生で、必ずや、活(い)きてくるものなのです。

 

 『10 歳の頃の貴方へ――』