マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

親は自分の夢を子どもに、あずけるか

 親は自分の夢(ゆめ)を子どもに、あずけたりはしない――子どもには、自分自身の手で夢をえがき、それをつかみとってほしいと思うものである――

 と、きのう、のべました。

 

 思わず、いいきってしまいましたが――

 

 ――この考えに反対の人はいる。

 ということは、知っておくとよいでしょう。

 

 つまり、

 ――親は自分の夢を子どもに、あずけるものである。あずかった夢をかなえるために子どもは努力をする。それが親孝行(おやこうこう)である。

 と考える人もいる――

 ということです。

 

 ――親孝行

 というのは、

 ――子どもが親を大切にあつかうこと

 です。

 

 たんに、

 ――孝行(こうこう)

 と、いったりもします。

 

 ――親は自分の夢を子どもに、あずけるものである。

 という考えは、

 ――あずかった夢をかなえるために、子どもとして努力をすることが、親を大切にあつかうことである。

 という考えに基(もと)づいています。

 

 (それは、ちがう)

 と、ぼくは考えています。

 

 (親は自分の夢を子ども、あずけたりはしない)

 と考えています。

 

 そもそも――

 子どもに自分の夢をあずけることが、できるのかどうかさえ、あやしいし――

 

 かりに、あずけることができたとしても――

 

 それは、あくまで、

 ――あずかりもの

 ですから――

 

 その夢が、子どもにとって、本当の意味での、

 ――自分の夢

 になることはありません。

 

 ――自分の夢

 にならなければ――

 夢をかなえることは、まずムリです。

 

 人は、自分自身の手でえがいた夢であるからこそ、それをつかみとるために、あらゆる努力ができるのです。

 

 (親は自分の夢を子どもに、あずけたりはしない)

 と、ぼくが考えるのは――

 

 (親が自分の夢を子どもにあずけても、その夢がかなうことは、まずない)

 と考えるからです。

 

 『10 歳の頃の貴方へ――』