マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

脳にとって“通風装置”は無意識である

 脳(のう)にとって、

 ――算数・数学

 が、

 ――窓(まど)

 であるならば――

 

 ――体育

 は、

 ――通風装置(つうふうそうち)

 である――

 と、12月19日に、のべました。

 

 ここでいう、

 ――通風装置

 とは、文字通り、

 ――風を通す装置(そうち)

 のことで――

 

 ――風

 というのは――

 12月8日に、のべたように――

 ――数や形に関わる情報(じょうほう)

 のことです。

 

 ――通風装置

 は、

 ――窓

 と違(ちが)って、

 ――光

 を通しません。

 

 ふつうは、まったく通しません。

 

 ――音

 なら、部分的に通してしまうことはありえますが――

 

 ――光

 は、まず通すことがありません。

 

 このことが――

 何を示(しめ)しているのかというと――

 

 ――光

 というのは――

 12月23日に、のべたように――

 ――言葉の意味

 のことですから――

 

 ――通風装置

 というのは、

 ――その意味は、よくわからないけれども、数や形に関わる情報を扱(あつか)っている。

 ということになります。

 

 ――意味がわからないのに、なぜ扱えるのか。

 と、ふしぎに思う人がいるでしょう。

 

 ――意味がわからないのに、なぜか扱える。

 ということが、本当にありうるのか――

 

 ……

 

 ……

 

 ありうるのですね。

 

 ――無意識(むいしき)

 です。

 

 ……

 

 ……

 

 ――無意識

 については――

 2023年2月27日に、のべました。

 

 心の働きのうち――

 自分自身で気づいている部分が、

 ――意識(いしき)

 と呼(よ)ばれ――

 自分自身で気づいていない部分は、

 ――無意識

 と呼ばれています。

 

 自分自身で気づいているのは――

 その、

 ――意味

 が、わかっているからです。

 

 自分自身で気づいていないのに――

 その、

 ――意味

 は、わかっている――

 ということは、ありえません。

 

 ――意味

 は、わかっていないけれども、気づいてはいる――

 ということなら、ありえますが――

 

 気づいていないのなら、

 ――意味

 は、わかっていません。

 

 ――通風装置

 が、

 ――その意味は、よくわからないけれども、数や形に関わる情報を扱っている。

 というのは――

 つまり――

 脳にとって、

 ――通風装置

 は無意識である――

 ということなのです。

 

 『10 歳の頃の貴方へ――』